第6話 想いと可能性

「ねえ、知ってる?近所の川で生徒会長の死体が見付かったんだって」

「知ってる知ってる。その死体には無数の切り傷があったんだろ?」

「そうそう、顔も生徒会長だって分からない程切り刻まれていて、そのせいで死体の判明に時間が掛かるぐらいだったんだって!」

「怖いよねー」

「ねー」


 そんな噂が流れるのにそこまで時間は掛からなかった。

 中には悪い噂も出回っていた。部長の手の込んだ自殺だとか、暴漢にレイプされてその犯人が証拠隠滅の為に色々と手を尽くした結果、あんな見付かり方になっただとか、それはもう胸糞悪いものだった。

 それらを聞いて俺が憤ったか?それは当然怒りは覚えたが、実際に表に出す事はなかった。何故なら俺の心中には疑問ばかりが浮かんでいたからだ。


 ――あれ程強い部長がそう簡単に何者かに殺されるなんて事はあり得ない。それにあの人が自殺するとも思えない。一体何があったんだ……?


 そんな疑問がぐるぐると脳内を巡り、考えるだけで精一杯だった。


 それから数日が過ぎた頃、学校の体育館で告別式が開かれた。

 お坊さんが読経をしている中、俺は思い出す。


『全く、君というヤツは……じゃあ約束だ。もし君が私をぼっこぼこに出来る程強くなったら、その暁には私の全てを君にやろう』

『私の全てって、それではまるで純潔もくれるって言っているように聞こえるのだが?』

『気のせいではない。実際に私はそう言っているつもりだぞ?』

『……いや、いやいやいや、それはさすがに嘘でしょ!』

『馬鹿者!私は至って本気だ!』

『じゃあ証明出来るものは?もしそれがあるのなら俺、本気で頑張りますよ』

『証明出来るもの……それは無いが……』

『ほーら、やっぱり!口から出まか――むぐっ!?』


 「口から出まかせじゃねえか!」と言おうとしたら、その途中で突然キスされた。

 とても幼稚な唇を重ねるだけのお子様キス。でもそれは俺をときめかせるのには絶大過ぎる行為だった。

 そして長いようで短い時間が過ぎた所で、部長はゆっくりと離れる。


『お、思いつくのはこれしかなかった。急にこんな事をしてすまないとは思うが、これはほんの証明の一つ……そして私のファーストキスだ。これで分かったかな……?』


 きっとファーストキスというのは本当なのだろう。そう思ってしまう程、部長の顔は真っ赤に染まっていた。そんな彼女に返す言葉が何も見付からない。ただ目を見開いて、口をパクパクと開閉させるだけ。


『じ、じゃあまた明日!さらば!』


 部長の姿を見たのはそれが最後だった。


 ――何であれが最後のやり取りなんだよ……もっと言いたい事があったのに……もっと仲良くなれたかもしれないのに……もっと、もっともっと……それなのにこんな別れになるって……


「……馬鹿女……さすがにそれは無いだろうが……」


 不意に涙が溢れて来た。

 出会って間もない。だからそれほどの想い出は無いはずだ。寧ろ悪い思い出しかない。そのはずなのに何故か涙が溢れて仕方がなかった。

 俺は告別式が終わるまで下唇を噛み、せめて嗚咽が漏れるのを堪え続けるのであった。





 告別式の日から数日が経過した頃、俺はとある理由からアルヴ専門店を訪れていた。その理由とは、フライングスーツを処分してもらうというもの。

 そもそも、俺にフライングスーツやフェアリーズ・ソードの存在を教えたのは部長だった。その部長が亡くなった今、俺に空を飛ぶ理由は一切無いし、これ以上強くなる理由も無い。それに空を飛んでいるとどうしても部長の事を思い出してしまうので、本当の理由で彼女とお別れする為にもこうする必要があると思った。だからアルヴ専門店にフライングスーツを返却するつもりでここを訪れる事にしたのだ。


「すみませーん!」


 入店してすぐ、いつぞやの女性店員の姿を見付けたので声を掛ける。


「はーい!って、あなたは確か……そうだ、キングオブポップ!」

「その呼び方だけは止めてください。いや、マジで」


 嫌悪感を表すような顔でそう告げる。すると店員は気まずそうに苦笑した。


「それはすみませんでした。ところで本日は何をお買い求めでしょうか?」

「あ、いや、今日はこれを返しに来たんです」


 そう言って店員にフライングスーツの入った紙袋を手渡す。

 中身を一目見る店員。そして俺が何しに店を訪れたのか察したらしい彼女は残念そうに「そうですか……」とだけ呟くと、複雑そうな笑みを浮かべた。


「花京院様については色々と聞いております。本当に、優秀なプレイヤーを失ってしまい、当方としても非常に残念に思っています」

「そう、ですか……それは何と言うか、ありがとうございます」

「いえ、所で彼女とはどういったご関係だったのでしょうか?もしかしてお付き合いを――」

「それはありません」


 邪推しているのか、ニタニタと笑いながら訊ねる店員に即答する。


「そうですか。それもそれで残念です……はい」

「……でも、あの人の事は嫌いではありませんでしたよ。まあ、色々と酷い事をされはしましたが……というか酷い事しかされてないような気が……」

「という事は……好きだったとかでしょうか?」


 ――何故そうなる。


 とは思ったが、一度考えてみる事に。


 ――嫌いでは無かった。ただそれだけ。それだけのはずなのだが好きだったか?と聞かれれば何とも言えない……一応、見た目だけなら俺のストライクゾーンのど真ん中だったしな。


「ふーん、へぇー、ほーぅ」


 そんな俺の心を読んでか店員はまたニヤニヤと笑い始めた。

 その憎たらしさに若干の憤りを覚え始めた所で――


「もし、彼女ともう一度会えるのなら会いたいですか?」

「……は?そんな事出来るわけないだろ。そもそもあの人はもう……」


 無神経とも言える発言に苛立ちを覚えつつもあくまで冷静にそう答える。すると店員は今まで見た事の無い真剣な表情になり、声のトーンを落としてこう言う。


「可能性が無いわけではありません、とだけ答えておきます。それで、実際の所はどうだったんですか?好きだったのか、それとも……」


 そこまで言って女性店員はこちらをジッと見つめる。


 ――好きだったか嫌いだったか、そのどちらかと言われれば普通なら後者を選ぶだろう。誰だってそうするはずだ。何せ頭を剃毛され、勝手に選ばれたフライングスーツは痴態そのものだし、その起動に必要な動作に至っても恥でしかない。それらを全て俺に押し付けて勝手に死なれちゃ堪らん。嫌いとしか言いようがないだろ。それなのに……それなのにどうしても頭の中からあの日のキスが離れてくれない。部長の言葉の一つ一つが今でも鮮明に思い出せてしまう。単純な男だと笑われるかもしれないが、これはもう認めざるを得ない、か。


「そうだよ、俺は……あの女の事が好きだった。いや、今でも好きだ。もしまた会える可能性があるのなら、俺はその可能性に縋る。情けなくも縋ってやるさ!」


 その俺の返答を聞いて女性店員は驚いたように目を大きく開く。そしてすぐに口角を上げてこう言うのであった。


「その言葉を待っておりました。それではこれからその可能性について説明させていただきますね!」


 そして俺はその説明を受ける事に。だがそれがとても過酷なものである事をこの時の俺は知る由もないのであった。

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