第5話 約束
「あー、酷い目に遭った……色々と……本当に色々と……」
目が覚めて上体を起こしてからの第一声がそれだった。
「キャハッ☆お疲れー!」
「いや、そんな明るい感じに言われてもだから。てかその酷い目の原因の殆どはあんただからな」
頭の悪そうな起動キー、そして先の後頭部への奇襲。それら諸々の恨みを視線に込めて部長を睨み付ける。
「でもおかげで出来るようになったでしょ、飛行が」
「いや、あんな事しなくてももっと良い感じに飛行する方法はあると思うのだが?そもそも起動に必要な所作と音声があれって、悪意しか感じないからな」
「キャハッ☆そこはあれよ、愛嬌?」
まるで誤魔化すような笑みと言い方。それが実に憎たらしい。あまりの憎さにいずれ仕返ししてやろうかとさえ思えてくる程だ。
しかし今の俺の技量では返り討ちに遭うのが関の山。なので思うだけに留める事にして大きな溜息を吐く。
因みにだが、現在は学校へ帰る途中である。
方法は当然飛行。前回と違う所は俺が自力で飛行しているという事ぐらいだろうか。それと言いたくはないがV字水着風のフライングスーツを着ているぐらいだ。
「そう言えば、フェアリーズ・ソードには大会とかってあったりするんですか?例えばインターハイ的なヤツとか」
「いんや、フライングスーツ自体、最近開発されたばかりのものだから今のところそういうのは無いわ。現状、出来る事と言えば自由に空を飛ぶ程度かしら」
「うわぁー、じゃあ俺が部に入る意味無ぇー」
――俺、何の為にフェアリーズ・ソード部に入ったんだろう……てか何の為の部活なんだろうな……
「あと、因みにだけどフェアリーズ・ソード自体も正式な競技ではない。何せただ単に私が作ったってだけだもの」
「ほんと何の為の部活!?存在理由が分からないのだが!?」
「だって仕方ないじゃない。フライングスーツ自体、そういう為に造られたのもではないのだし……てかあの店に入って気付かなかったの?」
「……何に?」
「フライングスーツが造られた真の理由によ」
「真の理由……?」
――全く以て何のこっちゃって感じなのだが……まあ、戦闘向きに造られたのでは?とは思っているが……あの品揃えだしな。でもそれはスポーツとして流行らそうとしているだけなのではないのか?
明らかに格闘技向きの品揃え。それを思い出しながらそう思っていると、部長はただこう言うのであった。
「まあ、否応なくいずれ分かる事だから今は飛行の練習でもしておきなさいな」
「いや、それだけでは何も理解出来ないのだが」
「まあまあ、それと遊び相手にならいつでもなってあげるから、取り敢えずこれからよろしくね、後輩君☆」
とびっきりの笑みを浮かべながらそう言う部長。そんな彼女の表情に思わずときめかされながらも俺は「はいはい」とだけ答えるのであった。
それからおよそ一週間が経過した。
その間、俺が行ったのは飛行訓練とそれに併せた戦闘訓練だった。
飛行は一人ででも出来るとして、戦闘はどうしても相手が居ないと出来ない。なので毎日部長に相手をしてもらっていたのだが、彼女に勝利するのは一度も叶わなかった。というか一撃加える事すらできずにいた。そのせいで俺は次第に自分の非力さを実感していくのみ。
普段の俺なら自信を完全に無くす前に退部していただろう。でもそうしなかったのはきっと空を飛ぶ事がそれ以上に魅力的だったからである。
「はあ……はあ……はあ……くっ、今日も勝てなかった……」
放課後、幾ら奇襲をしても一撃入れる事すらできない。それどころか酷い返り討ちに遭ってしまった俺は、砂浜に仰向けになり、敗北を実感していた。
ここ一週間で分かった事だが、どうやら部長は俺以上に危機感知能力が高いようだ。俺が敵意や殺意を僅かでも向けたら部長は鋭く感知し、反撃に及ぶ。なので彼女を倒すには完全に無になる必要があるようだ。
「キャハッ☆ 君もまだまだだね!飛行技術は幾分マシになったようだが、それに合わせた戦闘技術はまだまだひよっこレベルよ!」
「言ってろ!いつかぼっこぼこにしてやるからな!覚えてろ!」
「そうかそうか!ではそれまで気長に待っているとしよう、と言いたい所だが私には時間が無いかもしれないのだ……」
たまに、ごくごくたまにだが、部長は突然こんな事を言い出す時がある。
しかもとても真剣な表情で、それでいて哀愁漂う様子でだ。
まるで自分の死期が近い事を察しているかのような、そんな様子をされるといつも返答に困る。
彼女の事だからまた冗談なのだろうとは思っているが、リアリティーがあるからどうしても反応する事が出来ない。
なので今回も何事も無かったかのように流す事にした。
「あー、はいはい。とにかく、いつかぼっこぼこにするから覚悟するんだな!」
「全く、君というヤツは……じゃあ約束だ。もし君が私をぼっこぼこに出来る程強くなったら、その暁には――」
翌日、部長は学校に来なかった。
その翌日も、翌々日も。
そして更に次の日、彼女は学校の近くの川で遺体となって発見された――
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