<2.勇者、食いっぱぐれる(終)>
『兄貴、しばらくぶり。元気にしてたか』
スマホから届いた陽介の声は、相も変わらぬノーテンキな響きをしていた。
俺は言葉に詰まり、返事をためらう。墓石に刻まれた陽介の名前が、ちらりと横目に入った。いけないことをしているわけではないのだが、この状況を気まずく思う。
『あれ、どうした。これって倉本啓介のスマホだよな?』
「えっと、倉本くん、こんにちは。早坂です。センパイは隣にいますよ」
声を発せない俺の代わりに、慌てて早坂が答えた。困惑を灯した視線が、頬に投げかけられる。
『おー、早坂もいっしょか。ホント仲良しだよな、お二人さん。もう付き合ってんの?』
陽介の茶化した声に苛立ち、揺らいでいた感情が明確に怒りの方向を指す――そのおかげか、ノドにつっかえていたものがぽろりとこぼれた。
「なんの用事だ。もう俺に電話する必要ないだろ」
少しかすれていたが、どうにか平常と変わらぬ声を出せた。内心ほっと安堵する。
『つれないこと言うなよ、兄弟なんだから必要なくても連絡するくらい別にいいだろ。まあ、今回は聞いてほしいことがあって連絡したんだけど』
「聞いてほしいこと? 魔王と和睦して、もうやることなんてないんじゃないのか?」
『それだよ、それ。魔王と和睦したせいで、ちょっと困ったことになってる』
理解が追いつかず、頭が混乱する。言葉の意味はわかっても、そのつながりがわからない。
早坂も同じように混乱しているらしく、眉根をよせて首をかしげていた。
「どういうことだ。もうちょっとわかるように言ってくれ」
『だから、急に魔王と和睦したもんだから、兄貴の言うようにやることがないんだよ。勇者の仕事がなくなって、現在のオレは勇者って肩書きがあるだけの無職なんだ。これじゃあ暮らしていけない』
「王国に平和をもたらした英雄なんだろ。報酬もたんまりもらったって、前にそう言ってなかったか」
『いつの話してんだよ、とっくにすっからかんだ……』
休戦協定が成立した直後は、自慢げに英雄扱いを受けていると言っていた。あれから異世界でどれくらい月日がたったのかわからないが、もう報酬を使い果たしてしまったらしい。
転生前から散財するタイプであったが、異世界に行ってもそこは治っていないようだ。金遣いに関しては、俺もとやかく言えるタチではないが。
「転職先が見つからないんですか?」
一瞬の沈黙のあと、陽介は複雑な心境をあらわすように少々ぎこちない笑い声をあげる。
『いや、早坂、そういうわけじゃないんだ。姫から親衛隊に入れって言われたり、領主夫人に騎士にならないかって誘われたりはしてる。でも、どれもしっくりこなくてさ。面倒そうだし、全部断った』
「金で困ってるんだろ。選り好みしてる場合かよ」
『そう言われても、勇者してた頃と違って誰かの部下になっちまったら、自由気ままな生活とはいかないだろ。しんどいときもあるけど、なんでも自分で決められる環境が気に入ってる。堅苦しいのは性に合わないんだよ』
まったく、わがままなヤツだ。サラリーマンにはなれそうにない。
「それじゃあ、これからどうすんだよ」
『仲間とも相談して、新大陸に渡ろうって話になった。そこで冒険しながら、自由に生きていくのもありかなと思って。勇者の肩書きは惜しいけど、しがらみのない場所で一からやり直すのも楽しそうだしさ』
「お前がそれでいいなら、まあ、いいんじゃないか。自分の人生は自分で決めるもんだ」
俺は大きくため息をつき。投げやりに答える。どうせ何を言ったところで、陽介が聞き入れることはないだろう。
そもそも異世界の就労状況がわからないのだから、一介の高校生にアドバイスのしようがなかった。
『それでさ、ここからが本題なんだけど――』陽介はもったいぶって、一拍呼吸を置く。『新大陸がどんな場所か、実際のところ、よくわかってないんだ。状況次第では思いがけない難題に直面して、苦労することもあると思う。そのときは、兄貴、これまでみたいにまた力を貸してほしいんだ。その確約さえ取れれば、不安なく出発できる』
ようするに、いつもの無茶ぶりの面倒を見ろということか。本当に図々しい弟だ。
腹立たしいが、同時に安堵している自分にも気づいた。
早坂の様子をうかがうと、メガネの奥で目を輝かせている。きっと早坂も俺と同じ気持ちなのだろう。これで堂々と会いにいける口実ができた。
「都合のいいことばかり言いやがって。無茶ぶりを押しつけられる、こっちの身にもなれよ」
すんなりと応じるのはシャクにさわるので、形だけでもごねておく。これくらい言う権利はあるはずだ。
『そこを頼むよ、兄貴。かわいい弟が困ってるんだ、助けてくれよー』
「かわいいって自分で言うな。お前みたいな面倒な弟を、かわいいと思ったことは一度だってない」
早坂は両手ではさみ込むようにして、メガネと頬を同時に押さえていた。そうやって、必死に笑いを我慢している。
俺も笑いそうになって、慌てて口を塞ぐ。結んだ唇が震えてくすぐったい。
『ホントにつれないなぁ。死のうと異世界だろうと兄貴は兄貴だからな。転生したからって兄弟の縁が切れると思うなよ!』
声色だけを取ると恫喝めいているが、脅しとして機能するセリフではない。むしろ情けなくさえ感じる。
俺は肩をすくめて、ゆるんだ顔を早坂と見合わせた。
「まあ、いい。やってやるよ……と言いたいところだが、俺の一存では決められないな。正直これまでの無茶ぶり解決で、俺はまったく役に立たなかった。手助けしてくれる協力者の意見を聞かないと、勝手なことは言えない」
協力者とは、もちろん早坂のことだ。「やります!」と、本人に確認するより先に、彼女は身を乗り出して答えた。
勢いあまって肩がぶつかり、俺は右足で踏ん張る。もう痛みは感じない。
「そういうことらしい。よかったな」
『ああ、助かるよ。これからもよろしくな!!』
俺も陽介にならい、改めて気持ちを伝える。
「よろしく、早坂」
彼女は満面に笑みをたたえて、大きく口を開いた。その返答は、聞くまでもない――。
リモート異世界 ~弟は勇者になりました。~ 丸田信 @se075612
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