『エピローグ』
<1.兄、墓参りにいく>
波乱に満ちた激動の一年が慌ただしくすぎさり、新しい年を迎えた月末の休日――俺はふと思い立ち、早坂を呼び出した。
衰えを知らない寒波が居座る真冬の昼下がり、着ぶくれした早坂が待ち合わせのコンビニにやってくる。
「すみません、お待たせしました」
鼻の頭を赤くした早坂が、白い息をついて申し訳なさそうに謝る。
「俺が早く来すぎただけで、待たされたわけじゃない。謝る必要はないよ」まだ待ち合わせ時間の十分前だ。謝られると気がとがめる。「俺のほうこそ、変なことに付き合わせてごめんな。嫌だったら、断ってくれてもいいんだぞ」
早坂はメガネがズレそうなほどに激しく首を振った。出会った頃に比べると、だいぶ伸びた髪がペチペチと頬を叩いている。
「いえ、嫌なことなんて全然ないです!」
思いがけない力強い否定に、俺は吹き出してしまう。
どうして笑われたのかわからない早坂は、少々心外そうな顔をして、レンズの奥の目を細く尖らせた。そのまま視線が上下に揺れて、俺の全身をいぶかしげに眺める。
「センパイ、手ぶらなんですね。何も用意しなくていいんですか?」
「へっ、別にいいんじゃないか。面倒だし寒いし、手を合わせるだけで充分だろ」
「そんなの駄目ですよ。お花とお線香だけでも持っていきましょう!」
マジメな早坂に怒られる。俺は言い訳しようとして、やめておいた。よけい怒られるのが目に見えている。
これから向かうのは、陽介の墓参りだった。自分で誘っておいてなんだが……女の子と出かけるのに、これほど不適切な場所はないだろう。
早坂は気にしていないようだが、お詫びに今度改めてデートを申し込もうと心に決めた。サイフと相談しながらなので、いつになるのかわからないが。
「それにしても、急ですね。どうして、今日お墓参りに行こうと思ったんですか?」
「事故ってからしばらくろく動けなかったから、墓参りにいく機会を逃して、まだ一回も行ってなかったんだ。いつか行かなきゃとはずっと思ってて、こういうのって思い立ったときに行動しないとずるずる後回しにしそうだから、今日行くことにした」
早坂を誘ったのは、面倒がって行かない理由を考えないようにするためだ。早坂が断っていたら、なんらかの理屈をこねて、たぶん家でゴロゴロしていた。
根がテキトーな俺は、テストでも用事でも、追い込まれないと実行しようという気分にならない。
「本人は転生してるわけだから墓参りに意味はないのかもしれないけど、一応ケジメとして、やっといたほうがいいと思ってさ」
「ケジメ……ですか?」
陽介が勇者活動に一段落つけた、いまが区切りとしてはちょうどいい気がしたのだ。
早坂は一瞬何か言いたそうな表情をのぞかせたが、迷いを飲み込んで微笑を浮かべる。ちょんと俺の袖をつまんで、ゆっくりとした歩き出した。
「行きましょう、センパイ」
俺達は花や線香といった墓参りの必需品を購入し、ついでにお供え物として陽介が好きだった菓子も買った。懐は痛かったが、早坂の手前、ここにきてケチることはできない。
倉本家の菩提寺に到着すると、バケツにひしゃく、ほうきや雑巾を借りて墓場に向かう。
「あっ」と、思わず声がもれた。妙な緊張感が押しよせて、縛りつけられたように足が止まる。
視界の奥に、倉本家の墓がある。その側面には、しっかりと陽介の名前が刻まれていた。
固まった俺を気遣い、早坂は率先して動いてくれる。「お掃除しましょうか」寒いなか腕まくりをして、墓石に水をかけて雑巾で拭いていく。
俺はほうきを渡されて、掃き掃除を任された。ゴミと呼べるほどのものは見当たらなかったが、小さな落ち葉を形だけでも掃いて集める。
ふと懸命に墓石の汚れを拭う早坂の手元を見ると、寒さで指先が真っ赤になっていた。
「早坂、もういいよ。それぐらいで充分だ」
「駄目です。お参りするんですから、ちゃんとキレイにしないと失礼です」
変なところで頑固な早坂に、俺は呆れ混じりの苦笑を送った。
「早坂って、案外――」
「なんですか。いま悪口を言おうとしませんでしてしたか?」
言い終える前に先手を打たれて、つづきを封じられてしまう。どこまで本気かわからないが、いじけた表情を浮かべていた。
「そんなわけないだろ。世話になってる早坂を悪く言うわけがない」
悪口ではない、聞きようによっては悪口に思われる可能性はあるが、断じて悪く言おうという意識はない。以前にも思ったことだが、「案外尻に敷くタイプだよな」と、悪ではなく軽口のつもりで言葉をつづける予定だった。
俺はおとなしく尻に敷かれることにする。早坂を手伝い、花と菓子を備えた。
ようやく納得がいったのか、一通り掃除を済ませた早坂は購入したろうそくを俺に渡した。素直にしたがい、やはり買っておいたライターで火をつけて手向ける。二人揃って線香も立て、これで準備は整った。
俺達は視線を交わし、同時に手を合わせた。重ね合わせた冷えた手のひらに、じんわりと肌の熱がこもっていく。
「やっぱり、変な感じだな」下ろしたまぶたを開けて、白い息をつく。「弟の陽介はここに眠っているはずなのに、別の場所でも生きてる。いまさらながらだけど、転生ってわけわかんないよな」
感慨もなければ実感もなかった。踏ん切りをつけるつもりが、よけいもやもやしたものを増したような気さえしてくる。
尾を引いて立ちのぼる線香の煙を眺めながら、俺は胸の奥のわだかまりをまるで固形物のようにしっかりとした形で感じ取った。
「あの、センパイ――」
早坂が何かを言いかけたときだ。突然ポケットから、軽妙なメロディが流れた。
動揺が走り、ノドがひきつる。俺はこわごわとスマホを取り出し、早坂と顔を見合わせた。
映し出された通知画面には、もう何度も目にしている、文字化けした記号が並んでいた。
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