<6.兄の無茶ぶり>
異世界は上へ下への大騒ぎだったという。
魔王による突然の和睦宣言は、王国にとてつもない衝撃を与えた。素直に喜びをあらわす者、これは罠だと邪推する者、混乱して取り乱す者、戸惑い答えを出せぬ者――それぞれが、それぞれの主張をぶつけあって、いたるところで議論が繰り返される。
王国と魔王の仲介役となった勇者は、各地を奔走して意見をまとめていった。
そのかいあってか、王国と魔族の国の休戦協定は無事成立する。魔王の和睦宣言から、二カ月近くたった後のことだ。
もちろん双方わだかまりは、消えない傷跡のように残っていた。心身に刻まれた怨恨がうすれることはなく、敵意と憎悪は表向きの休戦協定の底に渦巻いている。
真の意味で和睦を果たすには、まだまだ時間がかかることだろう――と、陽介は他人事のように言う。
『まあ、こればっかりはしょうがないさ。そう簡単に割り切れるもんじゃないし、ゆっくりとわかりあっていくしかない』
ひさしぶりに連絡をよこした陽介は、どこかさっぱりとした様子だった。ようやく肩の荷が下りて、気が抜けている状態なのだろうか。
俺のなかでお疲れという気持ちと、報告が遅れたことに対する怒りがせめぎ合っている。
「うまくいったってことは、あの魔王の過去は当たりだったわけか」
『そうなんだろ、たぶん』
「なんだよ、それ。やけにテキトーだな」
大勢を巻き込み苦労してたどり着いた消息だけに、ぞんざいな対応に腹立ちをおぼえる。
そんな俺のイライラを感じ取ったのか、陽介は若干申し訳なさそうに理由を告げた。
『正直よくわかんないんだよな。兄貴から聞いた話をしたとき、これといった返答がなかったから、あってたのか違うのか判断できなかった。そもそも転生前の記憶を思い出せなかったってことも考えられる。何しろ三百年近く前の記憶だし』
お婆さんの話が転生前の記憶をよみがえらせる呼び水になると思っていたが、徒労だった可能性もあるわけだ。その場合は、正否を確認しようがない。
しかし、それでは和睦に応じた魔王の行動が不可解になる。
「納得してくれたから、和睦したんじゃないのか?」
『どうなんだろ。もしかしたら、魔王は真実かどうかなんて本当は気にしていなかったのかもしれないな』
「言ってることが、よくわからんぞ……」
スマホから、小さなうなり声が聞こえた。どうやらうまく言葉にできず、伝え方を考えているらしい。
陽介はしばらく間を置いてから、ためらいがちに口を開く。少し不安げな声色が、自説の自信のなさを裏づけていた。
『たぶん、だけど、魔王は過去の自分に踏ん切りをつけたかったんじゃないかな。オレも同じ境遇だから、なんとなくわかるんだ――しぶとく残ってる転生前の未練が、現在の自分の意識を狂わせるんだと思う。魔族は寿命が長い分、よけい認識の食い違いが大きくなっていて、どこかですっぱり割り切らなきゃ壊れそうになるんだろ』
「いまいちピンとこないな。そういうもんなのか?」
転生者特有のものなのだろうか。転生をまぬがれた俺には、わからない感覚だ。
『魔王にとって、あいまいだった過去に決着がつくなら、真実かどうかは問題じゃなかった。兄貴が言ってたお婆さんの話を転生前の自分だと思い込むことで、現在と過去に明確な線引きができる。それだけでよかったんじゃないかな。和睦は駄賃みたいなもんだ』
自己を確立する手段として、俺も陽介も利用されたということか。魔王本人と直接対面できない以上、この見解がどこまで正しいのか知ることは難しいが、腑に落ちるものはあった。
俺は垂れこめたもやもやした気分を吹き飛ばしたくて、無理やりに明るい声を放つ。
「まあ、なんにしろよかったじゃないか。結果として、大成功だったんだから」
『そうだよな。あのクソ女神が望んだ形とは違うかもしれないけど、勇者の務めは果たせた。兄貴のおかげだ!』
スマホを耳に当てたまま、口元をほころばてにんまり笑う。最後の無茶ぶりをやり遂げた高揚感が、普段眠っているいたずら心を刺激したのだ。
あれこれ考えた末に、直近の難題が頭に浮かぶ。
「俺のおかげって言うなら、たまには俺の頼みも聞いてくれよ。いつも陽介の無茶ぶりを押しつけられてるんだ、いいだろ?」
『きゅ、急になんだよ……』
ノーテンキな陽介が、あからさまに警戒していた。ゆるんだ声色から、よからぬ頼みと感じ取ったのだろう。
「今回の問題を解決するのに、早坂達に協力してもらったんだ。その礼をしたいんだが……先立つものがない。まったくない、空っぽだ。なんとかしてくれ」
『ハア?!』と、困惑で声が跳ね上がる。俺も毎度似たような声を出している。『兄貴と違う世界にいるんだぞ、そんなことできるわけないだろ!!』
俺は笑いを噛み殺しながら、さらにたたみかけた。無茶ぶりも押しつける側になると案外楽しいものだ。
「計六人に礼をしなきゃいけないんだ、六人におごれる額がほしい。できるだけ早くしてくれよ、しつこくせがまれてまいってる」
『ハーレムの維持が大変なのはオレも知ってるけど、それは自分で処理してくれよ。兄貴のハーレムだろ』
俺は思い浮かんだ面々を脳裏に並べて、心の底からわき出した長いため息をスマホに吹きかけた。
「まかり間違っても、あれはハーレムじゃない。ハーレムであってたまるか!」
『ハーレムの定義はどうだっていい。無茶ぶりされても困るんだよ』
「いつも無茶ぶりしてくるヤツが、言うセリフじゃないな。それだと筋が通らないぞ」
陽介は言葉を詰まらせて、焦りのこもった小さなうなり声をもらす。荒い鼻息をつきながら、対応を真剣に考えているようだ。
これで少しは俺の苦労がわかったことだろう。まったく、いい気味だ。
「おい、早くしろよ。魔力切れなんかで逃がしはしないぞ」
『兄貴、勘弁してくれ。勇者にだって、できないことはある!』
スマホから届く悲痛な叫びに耳をかたむけながら、俺はほくそ笑み、満足するまでからかいつづけるのだった。
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