第16話 匂いと夢心地
「ほんとにこんな選考形式でいいんですか?」
若林は春日に心配そうに尋ねる。
「こんなとは?」春日は若林の質問を質問で返した。
「いや、ですから。まあ、確かに集中力があるかどうかを見極めるのは重要ですが」若林は疑問を抱いていた。
春日は、優美を除く朱莉、真緒、あいか、智恵を優遇している。しかし、この形式では4人が残るかは分からない。ましては、他候補生たちを含め、3次選考を合格できるものが現れるかどうかも不安である。
若林の疑問を感じ取ったのか春日はこう説明する。
「安心してください。4人は必ず残ります。ちなみに言うと、若林さんたちが期待する優美さんも今回は残りますよ」当然のようにこう語った春日に
「はぁ~」と腑抜けた返事をする若林。
「この3次選考ですが、実は講師の中にね、、、」若林に事細かに説明した。
3次選考の全貌を聞かされて若林は「はぁ」と先程とは違いため息をついた。
結局のところ春日はFグループ、ベーコンレタスと名乗る者たちを合格させるつもりなのか。しかも、こんな汚いやり方で。
一歩間違えば犯罪では?と一抹の不安を若林に抱かせた。
会議室の中、座学が行われた。まずは、春日Pから座学は始まる。
春日Pの座学はアイドルや芸能、音楽とは毛色の違う者であった。
人はなぜ生まれたのか、人はなぜ働くのか等の哲学的な話を聞かされる。
眠い目をこすり、じっと講義を聞く8名の候補者はいつ終わるか分からない講義に耳を傾けた。
時計が無い事を気付いたのは優美だった。きっといつ終わるか分からない忍耐力や集中力をだと解釈した。優美はこのことに気付いたのは自分だけだろうと優越感に浸る。
見るからに退屈そうな6名を除き、智恵と優美は集中して講義を聞いた。
やっと、春日の人生哲学論は終わり、次の講師に変わる。
朱莉とあいかはウトウトしていたが、講師が変わり、1つ目の授業が終わったことに気付くともう一度集中力を高める。
次の講師は、春日とは対照的にフォーマルなスーツを着こなした清潔感ある男性であった。年齢は若林よりは上、春日と同い年か少し上に見える。
「それでは、私の講義を始めます」
丁寧にその男性が開始のあいさつを始めるとともにどこからか甘い匂いが香る。
そして薄っすらであるが、煙が立ち込め、甘い匂いは室内に充満する。
「それでは、この映像を見てください」そう言われ、候補生たちは映写機からプロジェクターに映し出された映像を眺める。
次第に一人ずつ、意識が飛んだように机に顔を着けていく。
真剣に集中していた智恵や優美も例外なく、意識が遠のいていく。
やがて、ゆったりと瞼が重くなり気が付く間もなく眠りにつき始めた。
「この3次選考ですが、実は講師の中に催眠術師の方がいましてね。まあ、知り合いに凄腕の方を呼んでいただいたのですが。その方に、5人以外の方に退室してもらうように催眠を掛けてもらうんです」春日はまるで無邪気な少年のように興奮しながら若林に説明する。若林はため息をつくしかなかった。
「それでね、残った五人には別の催眠を掛けてもらうんですよ」
「別の催眠?」
「必ず、アイドルになりたいという催眠。このグループで世界進出するんだってやつをね」
「いやあ。春日さんの腕を知ってみんな参加してるわけだから。わざわざそんな催眠掛けなくても」若林が春日に問う。
「いやー。この後重要なんですよ!この催眠があるか、ないかでは」春日は含み笑顔を出したまま語った。
真緒は意識が戻ると、一瞬寝てしまったと思いあたりを見渡した。
幸いにもどのくらいたったか分からないが自分が講義を聞いていなかったことは気付かれていなかった。
他の候補生は、朱莉、あかね、智恵、優美が残っていた。先程までの清潔感ある男性に変わり他の講師が座学を行っていた。
真緒は安堵したが、同じ体験をしたのは部屋に残った候補者だった。
皆、気が付くと5人しか残っていないことに気が付いたのだ。
「それでは、私の講義を持ちまして3次選考を終了したいと思います。皆様お疲れさまでした」そういうと、会議室に春日と若林が入室した。
「みなさん。おめでとうございます。3次選考を持ちまして今回残ったこの五名を私、カスガガガP改め春日Pプロデュース第一弾のアーティストとしてデビューさせて頂きます」
夢にまで思ったアイドルの夢を手に入れ、智恵は目頭が潤んだ。
朱莉とあいか、真緒は立ち上がり抱きしめあった。
優美は当然と言わんばかりに元々高い鼻を高くして済ませていた。
「長いオーディションを勝ち抜き、合格した5名の方々!おめでとうと言うべきか、宜しくというべきか」気恥ずかしそうに話す春日。
それを見て、手助けをするような形で若林が説明を始めた。
「おめでとうございます。今回合格された。島根朱莉さん、多田真緒さん、斎藤優美さん、石田あいかさん、原智恵さんは私プリンスカンパニーと春日プロデューサーが新たに立ち上げた事務所『GaGa』所属のアーティストとなります。皆様に契約書をお配りします。」未成年の方は必ず保護者の同意とサインを頂いてください」丁寧に今後の流れを説明した。
喜び合う5人をよそに若林は今後訪れる不安を予期することは無く、春日はこれから起こる自身の描いた未来予想を想像しながらしたたかにほほ笑むのであった。
*続きは『白いカラス~episode of Oπ~』になります。
モッシュの中で縛られて 宇佐木 核 @hideyuki12
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