馬鹿な兄さん

 私の兄さんは野菜ジュースをよく飲む人だ。本人曰く、野菜の優しい甘さがいいんだという。でも私は知っている。兄さんがそんな繊細な舌を持ち合わせてないって。母さんの帰りが遅い時は私が夕食を作るんだけど、自分で食べてもまずいと思うものを、兄さんは美味しそうにパクパク食べる。本当に馬鹿な兄さんだ。


 兄さんはすごく真面目だ。高校の時は、夜遅くまでずっと塾にこもって勉強をしていた。そのおかげか、学校の成績も模試の成績もすごく良かった。私はそんな兄さんをすごく尊敬してた。でも、テストでたまに変なミスをして本気で落ち込んで帰ってくる時もあった。本当に馬鹿な兄さんだ。


 勉強ができた兄さんは、有名な私立大学に進学した。勉強が苦手な私なんかじゃ、逆立ちしたって入れないような大学だ。兄さんは一気に垢抜けていった。髪を染めて、ピアスを開けて、色々サークルに入った。顔も良かったから、サークルに入ってほんの数日で彼女もできた。本当に馬鹿な兄さんだ。


 兄さんが一人暮らししたいと言い出した。大学まで遠いのと、単純に自立したいそうだ。父さんも母さんもはじめは迷っていたけれど、兄さんが粘り強く説得した。結局一人暮らしすることになった。でも私は兄さんがなんで一人暮らししたいのか、その本当の理由を知っていた。彼女と一緒に過ごすためだ。本当に馬鹿な兄さんだ。


 兄さんから電話がかかってきた。酷い鼻声で言うには、彼女と別れたそうだ。浮気されたらしい。急いで兄さんの家に行くと、一人ベッドに座って泣きじゃくっていた。背中をさすると、きっと俺に魅力がないから浮気されたんだと言った。本当に馬鹿な兄さんだ。


 兄さんはお酒をよく飲むようになった。兄さんの家に行くと、いつも酔っぱらっていた。元から飲む人だったけれど、最近になって量が増えた。本当に馬鹿な兄さんだ。


 兄さんが倒れた。過剰な飲酒が原因だったそうだ。サークルの飲み会で、悪い飲み方をしたらしい。後日、サークルの人が家に謝りに来た。兄さんもそこにいた。父さんは困っていた。母さんは恥ずかしそうだった。私は、なんで止めなかったのか、友達ならなぜ苦しんでいる兄さんを助けなかったんだと責めた。兄さんが泣き出した。泣きたいのはこっちだよ。本当に馬鹿な兄さんだ。


 兄さんが野菜ジュースを飲むようになった。本人曰く、野菜の優しい甘さがいいんだという。本当に本当に馬鹿だよ、兄さんは。

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すきま時間の短編集 秋雨はる @akisame-haru

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