Squall
平 遊
Squall
「・・・・だよなぁ・・・・はははっ」
(あ・・・・)
突然のスコールに打たれ、濡れ鼠になって戻った【彼】のアパート。
緩くウェーブのかかった髪の先から滴り落ちる滴をタオルで拭いながら、ふと漏らした【彼】の笑顔に、視線が釘付けになる。
「・・・・ん?なんだ?」
「えっ?!い、いや、なんでもない・・・・」
慌てて、頭から被ったタオルで、濡れた髪を拭き始める。
(変に、思われただろうか?)
思えば思う程に、頬の熱さが増してきて、俺はやけになったように頭を擦り続ける。
「少し、待ってろ。着替えを持って来てやる。」
「へっ?!」
思わず、タオルから顔を出して【彼】を見る。
「そのままじゃ、風邪をひくだろ?俺も、いい加減着替えたいしな。俺の服、着られるだろ?」
「いっ、いいですよ、そんな気を使ってもらわなくても」
「いいから待ってろ。」
手にしていたタオルを放り投げ、【彼】は部屋から出て行く。
乱れた髪もそのままに。
(はぁ・・・・)
束の間、緊張感から解放された俺は、どっと疲れを感じて、窓の外をぼんやりと眺めた。
外はまだ、バケツをひっくり返したような雨が降り続き、まるで滝の中の部屋にでもいるようだった。
「乾くまで、これでも着てろ。」
突然、頭の上から降ってきたシャツに、驚いて振り返る。
(・・・・ぁ・・・・)
目の前に晒されていた、鍛え上げられた裸体。
俺はまた、慌てて窓へと顔を向ける。
だが、そこにもまた、ガラスに映し出された、【彼】の姿。
(・・・・めっっっっちゃ心臓に悪いや・・・・)
「おい、早く着替えろ。乾かなくなるぞ。」
「は・・・・はぁ・・・・あっ!」
サッと頭のタオルを取り上げられ、思わず情けない声が出る。
「早くしろ。」
「はぁ、はい・・・・」
ノロノロと立ち上がり、濡れたシャツの裾を持って、一気に引き上げる。
「さぶっ・・・・」
肌にまとわりついている水分が、容赦なく体温を奪ってゆき、寒さに身震いする俺の体に、パサリとシャツが被せられた。
「いつまでも濡れた服を着ているからだ。」
少し怒ったような、【彼】の声。
ビショ濡れの俺のシャツを手に、【彼】は再び部屋を出て行く。
袖に手を通しながら、俺は【彼】の優しさを体一杯で感じていた。
少し大きめのシャツの袖をまくり、何気なく姿見の前に立つ。
そこに映っていたのは。
恋に落ちた男の姿。
「何をしているんだ?」
部屋に戻ってくるなり、鏡の前でボーっと分身を眺めている俺に、【彼】は呆れた声を上げる。
「えっ、い、いや・・・・」
「お前がそこまでナルシストだったとは、知らなかったな。」
「いやいやっ、違いますって!」
「いいぜ、そんなにムキになって否定しなくても。」
「だから、違いますってば!」
(あなた相手に、誰がナルシストになれるって言うんですか。)
可笑しそうに笑う【彼】に、少しばかり悔しくなって、俺は思わず口走っていた。
「なんか、あなたのシャツを着ていると、あなたに抱きしめられているような気が・・・・」
「・・・・お前・・・・」
再び呆れ顔を見せ、【彼】はそのまま小さく頭を振りながら、ソファに深々と体を沈める。
「雨に打たれ過ぎて、おかしさに磨きが掛かったようだな。」
「いえ・・・・」
軽く閉じられた瞼で隠された【彼】の瞳に、ゆっくりと、体を流れる血流量が増す。
静かに速度を上げ始めた鼓動に。徐々に上がりゆく体温に。
逆らう事無く、従い、心のままに、動く。
「・・・・まったく、お前は・・・・」
非難めいた響きも混じる、少し掠れたその声は、いつにも増して艶やかで。
腕を伸ばして、まだ完全には乾いていない、緩くウェーブのかかった髪ごと、強く胸に抱く。
(本当に俺は、この人の事が、好きなんだな。)
半ば諦めたかのように体を預け、俺の背に腕を回してくる【彼】に、それだけで胸が温かいもので満たされてくるような気がする。
苦しいくらいに。
切ないくらいに。
この人が、愛おしい。
今更ながらに、改めて思う。
俺は この人に 恋してる。
俺は 恋をしている この【彼】に
ずっと 探してた
やっと 巡り会えた
この広い世界で
あなたに出会えたこの奇跡に
心から 感謝したい
「・・・・はぁ・・・・」
「・・・・どうした?」
「なんでもないです。」
「???」
訝しげな、【彼】の瞳。
逃れるように、視線を外す。
ふと視界に入った窓外の景色は。
雨に洗われたせいか、いつにも増して光り輝いているように見えた。
【終】
Squall 平 遊 @taira_yuu
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