「夜に聞く」
低迷アクション
第1話
郊外に住む“友人”が、真夜中、トイレに立った時の話である。彼は用を足しながら、
まだ半分覚醒、夢うつつの状態で、トイレに備え付けられた小窓から聞こえる、夜の音に耳を澄ませていた。
季節は、梅雨の真っ最中、日中の雨が止み、外からは蛙の合唱と、国道を通過するトラックの協奏が心地よく、しばらくボンヤリとした状態のまま、トイレの中で立ち続けた。
やがて、用が終わり、トイレを出ようとした彼に
「そんないったってすぐにはたどりつけねえよ」
と言う、ぶっきらぼうな男の声が響いた。
携帯や、近くにいる誰かに話すようだったと言う。
問題なのは、その声が窓のすぐそばで聞こえた事だ。トイレの窓の高さは、2メートルくらい…
人が覗き込んだりは出来ない。隣近所の誰かが、外で話しているのか?両隣は高齢の夫婦…今、聞こえたのは、中年の男の声だった気がする。
家の傍の道で、誰かが話していた可能性も考えた。雨も降っていたし、音がよく通るだろうと…
(いや、やっぱりあれは窓のちか…)
そこまで考え、慌ててトイレを出た。明かりを消した後、傍の玄関口を見て、施錠を確認する。真夜中の自宅周りを誰かが歩いているイメージが嫌でも頭に浮かんだからだ。
同居している両親を起こすのも憚られ、友人は自室に戻って、布団を頭から被った。しばらく外の音に耳をすませたが、やがて、安心と睡魔が勝り、眠りにつく。
翌日、起床した後、仕事に行き、自宅に帰ってくる頃には、夜中に聞こえた声の事は、すっかり忘れていた。
夕食を済ませ、部屋に戻った友人は、仕事疲れもあり、そのまま眠りについた。
次に目を開けた時は、昨日と同じ、真夜中…癖になっていると、自身で反省しつつ、これまた、お決まりの流れでトイレに立つ。
用を済ませる段階で、唐突に昨日の事を思い出した、彼の耳に
「そんないったってすぐにはたどりつけねえよ」
と言う声が、前日と全く同じ調子で、静かな夜に、ぶっきらぼうに響いた。
ハッキリした事は一つ…どんな形であれ、異常だ。幽霊じゃないにしても、昨日と同じ調子の声質、変わらない音量で、自宅敷地内、2メートルの高さの窓、至近距離で響く声は
普通じゃない。
悲鳴を上げるのを、全力で抑えた友人は、背中でドアを押し開け、床に這い出た。
それ以降、彼が夜中に、トイレを利用するのをキッパリと止めた事は言うまでもない。
この話を蒸し返す事になったのは、自粛が続く世の中で、オンライン飲みをやった時だ。
会話の中で、酒に酔った1人が
“何か面白い事ない?”
の言葉に
“ちょっと待って”
と言い、画面に映った、彼の背後、台所にある喚起風の紐を止め、無機質な騒音を止める。
「俺ん所のアパート、近々、取り壊しが決まってて、あんま人がいないんだけどさ。
今、夜中だろ?多分、今夜も…もうちょっと待ってて‥‥…
“そんないったってすぐにはたどりつけねえよ”
ほらっ、聞こえた?ちょっ、マジ怖くね?」
通信が悪いのか?画面が揺れ、不気味に歪んだ奴の家は、他県…一体、あれは、あの声は何処まで、行くのか?そもそも何が目的なのか?返る事のない自答を繰り返す友人の視線は、感想を述べる仲間達の画面を見つめ、一気に凍り付く。
「あれっ?マジッ?ちょっと待って、俺んとこも…」
参加メンバーの、別の1人が、自身の後方を映し始めた時、友人は無言でグループ通信を切った。何故だか、自分もトイレに行って、あの声を聞かなければいけない…
そんな気がしてきた(終)
「夜に聞く」 低迷アクション @0516001a
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