第九話「背中合わせ、向かい合い、そして。」

※ずっと迷いつつ書いていなかったのですが、やっぱりモカ視点も書くことにしました。まだまだ試行錯誤しながら書いてるんでこれからもこういうことがあるかもしれませんが、読み切りじゃないものを書くの初めてなんで暖かい目で読んでくれると嬉しいです。

前置きが長くなりすみません、以下本編です。








 モカの声を背に立ち入り禁止の扉をくぐった俺は、そのまま真っ直ぐ通路を進み、「神殿結界安定装置室」の奧にある「祈祷室」へと向かった。

 亡骸を贄として結界を維持する装置の奧の扉の中、魔法陣が描かれ『神』への接続に最適化された神聖な部屋。本来なら別のルートで入るべきだが、1秒でも早く行動したい今はそんなことを考えてられる余裕など無かった。


 しかし、部屋に入ったその瞬間、ここへ来たのが無駄足だったと分かった。

 母さんの字で書き置きがあったのだ。


 『父さんの執務室へ行きなさい。』


 正直、意図は測りかねる。何故なのか全く分からないし、第1ここへ来たのは他でもない母の居場所を探すためなのだ。

 聞きたいことが山ほどある。今の状況の詳細は、今後どうなるのか、自分は何をすれば良いのか、その他にも沢山。

 定期的に『神』と接続している母なら、今後俺たち家族がどう身を振れば良いのかは知っているはずだった。少なくとも、今の自分よりは多くを知っているはず。

 しかし、当の母さんが示したのは次の目的地だけ。

 だが、そう母さんが言うのならば、そこに現状を理解するための何かがあるのだろう。


 珍しく数日姿を見せない母にかけた僅かな希望を1度胸の奥に仕舞い、母の言葉に従って来た道を引き返すのだった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 カニと別れた後、私はカニの勧めの通り彼の父の執務室へ向かった。

 理由は言うまでもない。 たった一人残った父さんの死をーーー厳密には死が確定した訳ではないがーーー悼むためだ。


 私が生まれてすぐ、まだ記憶も朧気な頃に亡くなった母のことを私はよく知らないが、父さんはここまで1人で私を育ててくれた唯一の肉親だ。その父さんが死んだという事実は、私がこれまで強固に保ってきた精神を崩すのに十分だった。だがそれ以上に、その揺らぎを何の責任もないカニにぶつけてしまったことが、立ち直りを大きく妨げていたのだった。

 同じように父を亡くし、それも見殺しにする決断までした彼に、同じような、あるいは自分よりも大きな衝撃を受けているであろう彼にぶつけてしまったのだ。 その時の悲痛な、でもそれを隠し気丈に振る舞おうとする彼の表情が脳裏に焼き付いて、 気持ちの整理を強く妨げているのだ。


 「ーーーーー!!!!」


 言葉にならない気持ちを叫んで吐き出そうとしてみるが、やはりそんなことでは解決にならない。

 分かっている。彼と直接話さければ何の解決にもならないと。

 だが、先のやり取りの罪悪感がそれを拒絶し、彼があの扉の奥へ入っていったことがそれを助長していた。

 あの場に入って良いのは楠美の家系でも本家の血筋だけなのだと、父さんも小さい頃から強く念押しされていたし、魔術師にとして最低限弁えなければならないラインであることは間違いない。しかし、今の自分の心境を正しく整理するのに蟹人との対話が必要不可欠であることもまた事実なのだ。

 そんな複雑な気持ちを持て余し、ぶつける先と落ち着くための場所を探しいてると、部屋の奥の机に目が止まった。

 何も珍しいことはない、ごく普通の仕事用のデスクだ。持ち主の階級が高い───というかこの施設では最高位だ───から少しばかり良いものだが、それでも特筆すべき特徴がある訳では無い。

 しかしその上に無造作に置かれた1冊の手記は話が別だった。

 

 「これは……?」


 綺麗に整頓された机の上に、ただ1冊無造作に置かれた手記。その背表紙には“日記”の二文字が簡素に書かれている。


 「蟹人のお父さんの」


 それ以外の可能性は限りなく低いだろう、と、一体どこにいるのか分からなくなった冷静な自分がそう考える。


 「読んじゃダメだよね…。でも、」


 今、この世に彼はもう居ない。そのはずだ。あんな絶望と死が充満する戦場で生き残る可能性など万に一つもありえない。なら、これを読んで咎める人物は居ないのでないか。それならばこれは、父をあの戦いに巻き込んだ意図や現状の詳細を知れるかもしれない貴重な情報源なのではないか。

 そう考え、手記の1ページ目を開く。



 ────しかし。

 次の瞬間、その手は止まり、扉の方を振り返る。



 そこには、1番見たくなくて、最も向き合わねばならない顔があった。

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普遍化する魔に 書庫の鳥 @toto_seaLL

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