第八話「帰還〜崩壊する関係性〜」

「“証”とは“ものがたり”完結の証拠となるもの。“鍵”とは“ものがたり”完結のため必要なもの。物証やキーアイテムを残す辺り“神”とやらも優しい、などとは思わないが、あるものは利用するに限る。

だが、我が家のアレは何だ?ーーーーなど、何に使えば良い?

原典に書かれているのが僅かに見えるーーの2文字。それは啓示で見たあの化け物のことか?だとすれば、奴らにあんなものは通じないはずだが······」

          ーーーーー「手記」の殴り書きより抜粋



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 門をくぐり、光が晴れるとそこは、見慣れた『No.9』だった。



 そこからの事は、正直あまり覚えていない。


 かすかな記憶の中で唯一はっきりしているのは、モカに責められたこと。そしてそれをきっかけにーーー興奮状態が解けたからかもしれないがーーー、「父さんを失った」「モカの父も死なせてしまった」という事実が重くのしかかってきたこと。それだけだった。


 ラボ内はどこもかしこも大騒ぎだった。

 後から聞いた話だが、メインルームはもちろん、シェルターとしての機能も有する『ラボ』には多くの一般人も押し寄せた。その対応や誘導、あるいは、あの怪物は何なのか、というもっともな疑問の連続だったらしい。

 化け物たちは世界各地であの異界の門ゲートが開かれたのか、どこも化け物対応で忙しかったらしい。何故かこの建物に気付かなかったあの化け物は、周囲の建物を人間の蹂躙がてら破壊し、世界はごく1部を除いて化け物達の巣窟と化した。

 さらに悪いことに、突然のことに『ラボ』同士の連絡網が落ち、しばらくの間連絡すら取れず、個人回線までダウンし、完全な音信不通となってしまったという。復旧した時には既に世界は崩壊寸前、すんでのところで召喚物対策の結界術式を共有し、異界の門ゲートから遠かったいくつかの『ラボ』だけが生き残った。


 計算上、実に世界人口の半数以上が死滅した、世界最悪の同時広範囲テロとなってしまった、人類史上に残る最悪の出来事だった。





 そんな話を聞く前、転移の門をくぐった直後。


 「···いや、嫌!待って、消えないで······!!」


 つい先程通り抜けた門は、神聖な気配だけを僅かに残して霧散していた。


 「待って、まだパパが···パバがまだ通ってない!!」



 多分、モカ自身それが無駄な叫びだとは理解している。だが、人は、分かっていて、理解が及んでいてなお叫ばなければならない時もある。

 そして、その矛先は、俺に向かった。


 「···なんで」

 「ーーー。」

 「何で、何で何でなんで!!」


 何も言えなかった。言えるはずも無かった。

 いや、言おうと思えば言えたかもしれない。

 俺も父さんを失った。俺だって2人だけの転移なんて納得できない。俺も、俺だって。命が、家系が、“ものがたり”が。

 大切なのだ。失いたくなんてない。

 だが、何をどう言い繕っても、モカの父親を見殺しにしたのは俺で、留まろうとするモカの手を引いたのは俺だった。


 「なんで、わたしたちふたりなの·········?」


 悲痛な叫びだった。何も、何一つ言い返せない。ただ言われるがまま、モカの気が済むまで何を言われても受け止めるつもりだった。


 でも。


 「あんたじゃなくて、パパと2人で······!」


 その一言が、心の奥深くに突き刺さり、何かが切れるような、壊れるような、そんな音が聞こえた気がした。


 「······ごめん」

 「ごめんって······!!」


 絞り出すように口にした謝罪も、やはり感情を逆撫でする結果に終わったようだ。


 「そんな軽く言わないで!今、今すぐあそこに連れて行ってよ···!!」


 無茶だ。転移は、魔法ですら未だに成功例はない。

 さっきのは、奇跡そのものと言って良い。どういう理屈だったのかは分からない。だが、少なくとも今の俺には再現できない。


 「それならいっそ、私も置いておかれた方が良かった」

 「それはダメだ」


 つい、反射的にそう口走ってしまった。

 だが、その一言でモカも我に帰ったらしい。


 「······ごめん。ちょっと1人にして」

 「···ああ、分かった」


 自殺はするなよ、と心の中で呟き、しかし言葉にはせず、その背中を見送る。

 転移先のこの部屋は、楠美家以外立ち入り禁止と書かれた扉の一方手前だった。


 「そこの部屋、父さんの執務室だから」


 キッと、睨むようにこちらを見るモカ。


 「···違う、そこなら誰も来ないから。1人になりたいなら、そこなら確実だ、って言いたくて」


 何の反応も無く前を向き、父さんの執務室へ、扉を乱暴に開けて入る。

 しばらくして、部屋の中から泣き声と叫び声が聞こえてきた。


 その声を背に、俺も、立ち入り禁止の扉を開いた。

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