第七話「始まり〜日常の崩壊〜」

 『約束の時間だ、我が眷属よ。“ものがたり”を終える時が来た』


 頭の中に突如流れ込んできた強烈なイメージ。

 それはつい先程、頭の内から聞こえていた声と同じもの。


 頭の中で聞こえる“声”。眷属。“ものがたり”を終える。

 そんな事が起こる原因を、俺は1つしか知らない。



 ーーーーー神の声、啓示だ。



 なぜ俺に啓示が降りるのか、それは分からない。

 だがそれは、魔導師にとって、何を置いても従わねばならない声だ。




 「やるしか、ないじゃないですか」

 「かいと···?」

 「大丈夫だモカ、覚悟はできた」



 ケースを開く。

 そこには、見慣れた狙撃銃と、小さな紙が入っていた。


 『頼むぞ』


 父さんの筆跡。父さんは、これを予想していたのだろうか。それとも、母さんが賜ったという啓示はこれだったのか。

 詳しいことは分からない。後で、モカのお父さんを問い詰めれば良い。この行動からして、多分この人は父さんから事情を聞かされている。あるいは、その場合の対処法まで。


 

 鼓動を落ち着ける。頭の中から、余計な思考を全て叩き出す。

 啓示と父さんだけを残し、その他のあらゆるものは全て忘れる。


 最初の一発。それを外せば、もう次のチャンスは無い。

 射線を読まれ、遮蔽物に隠れられて、終わり。

 この銃は連射ができない。魔導生物にもある程度の影響を見込めるよう、連射性ではなく威力を重視しているから。

だから。チャンスはたった1度だけ。ゆっくり狙う時間も隙を伺う時間も無い。だが、それで十分だった。


 「ーーーーーー。」


 呼吸を整える。鼓動を正常に戻す。

 音、匂い、気配、狙撃に必要ないあらゆる感覚を閉じる。


 化け物が這い出していた場所が、よく見えた。

 地下室のような部屋の中心に、儀式の祭壇のような机と。


 その前に、禍々しい空洞が存在していた。


 その傍らには、“幻想種”と呼ばれるような、歪な形をした人が何人か立っている。

 そんな異様な光景の中に一つ。明らかに異質な、見慣れた影。真っ当な人の形。


 「ーーーあれか」


 その人物を中心に据える。

 拍動を極限まで遅くする。

 

 深く息を吸い、肺を酸素で満たす。

 そして、全てを吐き出す。


 極限まで高めた集中、全てが引き伸ばされたような時間の流れの中。

 この状態は長く続かない。これが、終わる前に。



 「ーーーーーーッ!! 」



 引き金を引く。放たれた弾は、そのまま、吸い込まれるようにその影に直撃する。


 「ーーーー当たった!」

 「よし!」


 こっちだ、という声が聞こえる。

 振り返れば、地面に『石』を投げつける瞬間だった。


 瞬間、展望台上段が結界に包まれる。


 「パパ···これは······?」

 「〈聖域〉と呼ばれる結界で、楠美家の秘技らしい」


 なぜそんな術式が使われているのかなどという疑問は、『石』を見た時点で無くなっている。

 父さんは、全て分かって、今日俺をここに連れて来たのだ。


 「ここの中ならーーー」


 そう言って何かを呟くと、目の前に〈異界の門ゲート〉のような、しかしそれとは一線を画す神々しさを放つ何かが現れた。


 「これで『No.9』に繋がっているはずだ、早く!」

 「ーーーあなたは、どこに行くつもりですか」


 そしてその瞬間、モカのお父さんはどこかへ行こうとしていた。


 「貴方も行くんでしょう、どうしてここを降りようとしているのです?」

 「この転移門はーーーーー」




 「2人しか通れないんだ」




 「そんなーーー!?」

 「私は構わない。覚悟も決まっている。それに、」

 「ダメ!!」


 先程まで静かだったモカも、さすがにここでは叫んだ。


 「ママはずっと前に居なくなって、パパまで居なくなったら、私、わたし······」


 何もできないよ、と、ただ、悲痛に泣くモカ。

 その言葉に、少しだけ反応したように見えたのは、俺の気のせいだろうか。


 だが、その小さな反応も、彼の決断を揺るがすには至らなかったようで、振り返りかけたモカの父もすぐ背を向けた。


 「···俺も行きたい。行きたいけど、でも、2人通るのが限度なんだ」


 その言い方、まさか。


 「まさか、神とーーーー!?」

 「······えぇ」


 でも、と息を継ぎ、僅かにこちらを向いていた顔も完全に後ろを向く。


 「時間が無い。この門の気配で、化け物たちも近付いている。早くくぐりないさい。そしてーーーーーー」




 「ーーーーー君たちの役目を、“ものがたり”の完結を。やり遂げなさい」




 覚悟は固いようだった。そのたった一言で、全ての覚悟や感情を窺えるのではないかと思われるほど、強い意志を感じた。


 「ま、待って、パパーーーーーー」

 「ーーーーー元気でな。蟹人くんとも上手くやりなさい」


 最後の親の姿だった。



 「行こうモカ、父さんと、お前のお父さんの意志を無駄にしちゃいけない」

 「いや、待って···パパも一緒に······」

 「無理だ。多分、そういう契約になっているんだろう」


 嫌だ、いやだ、と抵抗するモカの手を、啓示と2人の父親の意志を信じて引っ張り、モカと共に門をくぐる。



 門をくぐると、一瞬光に包まれる。次の瞬間そこに広がっていたのはーーーーーー

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