第六話「始まり〜別れ、混沌、そして〜」
体の外と内、両方から声がする。
「ーーーーーー!」
ーーーー動け。我が子よ。
「ーーーーーくん!」
ーーーー考えろ。我が僕よ。
「ーーーーとくん!」
ーーーー約束を果たせ。我が眷属よ。
「ーーー蟹人くん!」
ーーーー“ものがたり”を終える時だ。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
この悲劇を、一言で表すことなら、『混沌』という二文字が1番相応しいだろう。
もっとも、こんな状況を一言で表すことなど不可能であるが。
次々と這い出す化け物、逃げ惑う人々、どこからか出てきて戦う魔導師たち、混乱して恐怖で慄いて動けない子どもたち。それら全てに化け物は襲いかかり、さらにはその喧騒に釣られて興奮した獣たちも現れる。
悲鳴、指示の怒号、化け物の鳴き声、獣たちの鳴き声、銃声、金属音、肉が断ち切られる鈍い音、骨の砕ける嫌な音、音、音、音ーーー。
化け物の迎撃に向かう父さんたち魔導師は、少しでも使う魔導の数を減らそうと、最も効率よく攻撃できるタイミングを窺っている。
その脇では、パニックに陥って発狂し銃器や刃物を振り回す市民や、彼らを止めようと動き殺される者もいるれば、暴れている間に化け物に殺される者もいる。
そして。
辺り一面、そこら中に散らばる、死体、死体、死体、死体。
どこに目を向けようと、いや、目を向けなくても。匂いで、音で、気配で、脳裏に焼き付いた映像で、あらゆる方法で『死体』というものの存在を焼き付けられる。
「ーーーおい」
「蟹人くん!!」
この人がここまで取り乱すのは珍しい。
モカのお父さんは、いつも冷静に静かに、父さんの補佐をそつなくこなす優秀な人だと思っていたが。
「···どこに向かってる?逃げてる人たちの方向はあっち、実際有事の際のシェルターはあっちのはずだが」
「······詳しいんだな」
「まぁ、父さんに連れられて何度か来てますから」
「なら分かるだろう」
展望台、か。
でも、何故?なぜこの状況で袋小路とも言える展望台などに行くのか。
「ここから徒歩では逃げられない。この場から脱出するには」
ーーーこの場から脱出?
「不可能だよ」
「ーーーなに?」
不可能だ、と。そう言ったのだ。
周囲は化け物に囲まれ、唯一包囲が無いシェルター方向は一般人でごった返している。シェルターにも収容人数があるし、多分この混乱具合ならそういう話以外の理由であそこには入れない。
「詰みだ。ここから脱出なんて、そんなことできる訳がーー!」
「ーーーーーーできるさ」
今、何と言ったのか。
「無理だって言ってんだよ!アレは召喚体、つまり魔導以外に攻撃手段が無い!そんな奴相手に、どうこの状況を覆すって言うんだよ!!!」
「ーーーあるんだよ、覆す目は」
でもそれには君の協力が必要だ、と言って、モカのお父さんは俺に大きなアタッシュケースを渡した。
どこから出てきたのかは分からないが、恐らく狙撃銃だ。
「これで、
「こんなことをやる人間だ、弾丸対策ぐらいはやっているぞ」
「構わない、少しでも目眩しになればそれで良い」
もともとこれを覆すなんて針の穴を通すような成功を何度も何度も重ねないとできないことだ、と。
確かに、狙撃銃は父さんに仕込まれている。腕もある程度あることは認めよう。
だが、そんな僅かな可能性に、なぜそんな全力を注げるのだろう。
「でも、そこへたどり着くにはまずこの場を抜けないといけない」
「だったらこっちじゃ···」
「いいや、ここだ」
蟹人くんはそれで黒幕を撃ち抜け。
「その隙に、『No.9』への転移をする」
ーーーーーー今、この人はなんと言ったのか。
「転移?転移と言ったのか?それはーーー」
「そうだ、魔法ですらない。それ以上の、“奇跡”とでも呼ぶべき類のものだ」
〈転移〉。魔術よりも制限が少ない魔法でもまだできていない。イレギュラーの塊とも言える固有魔導ですら、過去1度も〈転移〉ができる者は現れていない、不可能の極致。
「そんなもの、そんな都合よくできるわけが無い」
「だが、それをしないと始まらない」
ここであの化け物が登ってくるのを待ち、迎撃で魔導力を使い過ぎて死ぬか、あの化け物に殺されるかだ。
「そうなってしまえば、この世界の侵略は確定的になってしまう。それこそ、解決は今ここで転移を成功させるよりも遥かに難しい難題になる」
そんなもの、『不可能である』と宣言したようなものではないか。
「転移は俺が何とかする。お前はただ、狙撃のことだけを考えろ」
そう言って、モカのお父さんは準備に入った。
ーーーーーーその瞬間、頭に強烈なイメージが流れ込んだ。
『約束の時間だ、我が眷属よ。“ものがたり”を終える時が来た』
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