第五話「始まり〜爆発、そして進む“ものがたり”」
「突然いらっしゃって、びっくりしましたよ···」
父さんたちに着いて『No.99』に入ると、気の弱そうな人が出迎えてくれた。囮を使ってまで監査に入るぐらいだから、アポなんて取ってなくても不思議は無いが、やはり何とも言えない罪悪感が付きまとっていた。
「ねぇカニ、私たちこれで良いのかな」
モカも同じことを思っていたらしく、声を潜めて聞いてきた。
「分からない。でも、父さんの荷物が物騒なんだ」
いくら父さんが占いに左右されると言っても、ただ監査に来るだけであんなものを持ってくるだろうか。
「···物騒?何も持ってないように見えたけど」
そうか、コイツには「アレ」が見えないのか。
「父さん、さっき執務室に入っていったろ?あの時から、父さんの胸ポケットの辺りから強烈な魔力反応が見えた。アレ、多分『石』だよ」
「·········いし?」
全く分からない、といった顔でむむむ···と考え込むモカだったが、やはりモカ1人では分からなかったようで、結局俺に聞いてきた。
「『石』って何なの···」
まぁ、家族でも無ければ魔導師社会に出ている訳でもないこいつには知る由もないことかもしれないな。
「父さんの固有魔導だよ。余剰魔導力を依代に一時保管するっていうやつ。父さん、小さい頃からそれを無意識でやっていたらしくて、何度か倒れて病院に行ったこともあるんだって」
養父にーーーつまり祖父に拾われてからはその制御もして、今日父さんが持ってるあれらの石は、数十年間貯めに貯めたその結晶だ。
「父さん、確か最近それに直接魔術素を書き込んで、即発動できるように加工していたんだよ」
「それってーーー」
「ああ、〈不可能魔術〉の1つだ」
〈不可能魔術〉。魔術理論の基礎、万人が行使できないか、あるいは原理的に不可能とされる魔術の総称だ。
父さんのそれはその1つ、〈即効魔術〉だ。理論としては完成されているが、いくつもの課題が解決できなくて結局実用化されていない魔術だ。〈即効魔術〉の場合、まず生命力を保管する方法も保管先が無く、次に魔術素の書き込みが課題として現れる。
しかし、父さんは先天的な特異性として魔導力と生命力が切り離されている上に、それが父の固有魔導だった。さらに、2つ目の課題はついこの
しかし、それは父さん自身も認める“切り札”だ。父さんならある程度何も気にせず魔術を使えるし、実験の為にいくつか召喚された生物を消す程度ならそれで足りるはずなのだ。
「何か、凶兆以外の何かがあるような、そういう気がするんだよ」
気のせいであって欲しい。だが、先程の父さんの話も含めて嫌な予感が拭えないのだ。
ーーー-ーその時だった。
爆発音。
先を歩く父の足元、その直下を爆心として、突然巨大な爆発が起こった。
「キャッーーー!?」
「何だーーー」
何が起こった、と言おうとしたら、目の前の爆煙が晴れた。
「モカ!蟹人くん!」
「無事か!?」
「父さん!これは!?」
「落ち着け、間一髪、俺の『石』が間に合った」
「······結界、か」
「ああ」
全く見ていなかったが、案内人が離れ、〈熱源感知〉に引っかかるものがあったらしい。
「爆発と地面の間で、私たちを囲う対物理結界を張った」
なるほど、音だけが聴こえて衝撃や風が無かったのは、それが原因か。
〈対物理〉結界。俺たち家系の家系魔術の中でもかなり高位の、魔導力消費の多い魔術だ。完全な切り札を最初に切らされたか。
「やはりとっておきを持ってきておいて良かった。母さんに頭を下げた甲斐もあったというものだ」
「楠美さん、そんな悠長なことをーーーー」
「分かってる、着地の衝撃は吸収するが、その後は無防備だ」
「地面がーーー」
「大丈夫、落下の衝撃は結界が消してくれる」
落下に驚くモカに一言かけながら、空中にいる間に状況把握を試みる。
ーーーそこは、控えめに言っても「地獄」と言える状況だった。
先程まで歩いていた建物は爆発で消え、その跡地は瓦礫と死体と血で悲惨な状態となっていた。
もし父の 『石』が間に合わなかったら、もし父さんに爆風を利用してあの場を離れるという発想が無かったら。
そう考えることすら嫌な、文字通りの「惨状」だった。
しかし、本当の地獄はそこではない。
唯一爆発による破壊を免れたのであろう研究室から、次々とこの世のものとは思えない化け物が這い出している。
そしてその全てが、外のただの通行人を襲っていた。爪で、牙で、角で、武器で、素手で、あらゆる方法で何の関係も無い一般人を殺していた。
「なーーーーーーーーー」
「いや···だめ······そんなーーー!」
頭が真っ白になった。言葉も感情も、何も出てこない。ただ、大きな衝撃だけが体中を占領していた。
「お前ら出てこい!ーー隠蔽?構わん、気にするな!!この惨状が見えんのか!!!」
父が何事かを叫んでいる。完全武装、臨戦態勢だという言葉からして、戦闘になった際のための伏兵か何かだろうか。
「大阿久、2人を頼むぞ」
「ああ。···行くのか」
「俺しかいないだろう。それに、ーーー」
「ーーーーーこれが、俺の役割らしい」
そう一言言い残し、父は去ろうとする。
「ーー待ってくれ父さん!」
「大阿久に従って逃げろ、俺もすぐ向かう」
「父さんも一緒にーーー」
「それじゃ間に合わない。それに、」
彼ら一般人を見捨てることもできないだろう、と。
言い終わる前にもう父さんは走り出していた。追いかけようとしても、モカの父に止められ、後ろへ引っ張られる。
「離せよ、父さんがーーー!!」
「こっちだ、蟹人くん!!!」
父さん、と呼ぶ声も虚しく、その背中はどんどん遠ざかって行く。そして、山のように押し寄せる化け物たちに向かって『石』を次々と投げ込んでいく。
その背中はどんどん離れていき、曲がり角を曲がり、建物に遮られて見えなくなってしまった。
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