第四話「始まり〜接近、そして接触へ〜」

 「じゃあ、行こうか」


 そう一言だけ伝えられ、連れてこられたのは父の執務室。

 俺たちはそこで待たされていた。


 「父さん、何してるんだろ」

 「何だろうね、カニにも見せないなんて」

 「仕事の部屋だからじゃないか?父さん、俺に仕事の話するのあんまり好きじゃないみたいだし」


 その時、モカのお父さんがポツリと一言、


 「今日は凶兆が出たらしいです。だから、自衛のための装備を軽く見繕っているんでしょう」


 と言った。

 なるほど、確かに父さんは普段から占いを信じる。“未来予知”に近い占いはどちらかと魔法の分類だが、実際問題、きちんとしたやり方で占いをすれば占いというものは馬鹿にならない。

 父の専門は魔導理論で、魔法や固有魔導の理論にも詳しいから、父はそれを知っていて、正しく占いをし、それに影響されている。

 その父なら、占いの結果で武装をしようと不思議は無かった。


 「悪いな、待たせた」


 じゃあ、今度こそ行こうか。

 そう言った父さんに連れられ、俺は再び車に乗せられるのだった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 車でしばらく進み、連れてこられたのは別のラボだった。


 「ここは『No.99』。新しいラボだが、やっている研究は最新だ」


 何でも、ここでは〈召喚〉や〈異界の門ゲート〉と呼ばれる魔術の研究をしているらしい。


 「最近、《Wizard》という匿名魔導師が有名だろう?あの人の理論のおかげで、ここの研究は一気に進んだらしいんだが」


 それが、どうも動向が怪しい、と。

 以前は小さな虫も呼び出せなかったものが、小動物程度なら安定的に呼び出せるようになったと。


 「それって、公表された理論を応用して研究が進んだってことだよね?何か問題あるの?」


 確かに、事実だけを見ればそうなる。モカからすれば、彼女のお父さんや俺の父さんもやってることで、そこに問題を見出せないのだ、と。

 だが、問題はそこではない。


 「どーゆーこと?」

 「もともと、さ。〈召喚〉って魔術の研究って、あんまり歓迎されてる物じゃ無いんだよ」


 いかにも「なんで?」と言いたげな顔をするモカ。分かりやすい。


 「そもそもの問題だけど。『異世界や異次元の生物を召喚してどうするのか』『きちんと使役・制御できるのか』『この世界そのものの生態系や自然の摂理を乱さないか』って問題は付きまとうだろ?」


 それに、と息を継ぐと、父さんに遮られた。


 「『〈召喚〉魔術で召喚したものは、それ自体として魔術的な存在として世界に認識される』という根本的な問題がある」


 そう。ろくな物を召喚できない癖に、それ自体が魔術的な存在となるため、魔導を用いてしか倒せない。


 『魔導には魔導でしか対抗できない』。


 これは魔導の大前提だ。本来、魔導は統治者の証としての特殊性だったし、人に魔導を与えた“神”なる存在から見れば魔導師とは一種の眷属であるため、そう容易に死なれては困るのだ。その為の有利、その為の優位性が、こと〈召喚〉魔術にとっては仇になっていた。

 魔導の行使に使うエネルギーは、根本的には生命力だ。だから通常魔導師たちは、睡眠や休息等での回復を見込んだ量の生命力で行使できる魔導しか使わない。

 その決して多くないリソースを研究や訓練に使うため、魔導師たちは生命力の無駄な消費を極端に嫌う。

 そもそも、生命力を失い過ぎると命に直結するのだ。日に消費できる生命力はだいたい決まっている。それを過ぎて魔導を使えば、良くても寿命の短縮、悪ければそのまま死ぬことまである。


 「そんな無駄な研究なんてしなくて良い、というのが多くの魔導師の考えなんだよ」

 「ふーん···」


 分かっているのか、分からない。だが、常識レベルから話したから、分かってもらわないと困る。俺にはこれ以上の説明はできないし。


 「でもさ、私の家の家系魔術は〈身体強化〉だけど、家系魔術とか、得意魔術が〈召喚〉の人もいるよね?その人たちにとって、〈召喚〉の研究したくない?」

 「そういう家も、あまり多くは無いが存在はするな。そういうところはやってるよ」


 ここもその1つだ、と父さんが補足してくれた。


 「で、歓迎されてないことは分かったけど、動向が怪しいっていうのは?」

 「言葉のままさ」


 魔導を用いた有害行為に移る可能性があると判断されたのだ、と父さんは言った。情報源は言えないが、ここで何かが起こる可能性がある、と。

 だから、抜き打ちで監査に入ることになったのだということだろうか。

 

 そこで、1つ疑問が湧いてきた。


 「いや待て、じゃあ何で」

 「何で私たち連れてこられたの?」


 そう、何かが起こる気配のあるラボの監査なら、恐らくこの2人が任されたのなら、俺たち子ども2人を連れてくる理由は無いように思える。

 だが、帰ってきた答えは思ったより筋の通るものだった。


 「『監査に来た』と言えば警戒されて、適当な部屋に案内してる間に隠蔽されたり、あるいは命を狙いに来るかもしれないだろ?でも、お前たちの見学のために連れて来た、と言えばある程度警戒は薄れる」


 つまり、囮やブラフに使われたと。

 そんなつまらないそちらの理由で俺は予定を崩されたのか。


 「ちょっと待って、私そんな理由でここ連れてこられたの!?」


 やはり、モカも同じようにーーーいや、モカの方が気持ちは強いかもしれない。この性格のモカだ、学校の友人も多く、約束などもしていたかもしれない。

 そんな俺たちの叫びには耳も貸さず、父親2人は車を降りラボへ向かう。

 

 『知らん、黙って着いて来い』と言わんばかりの背中に、ついモカと目が合い、共に諦めの表情を浮かべながら渋々着いて行くのだった。

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