第三話「始まり〜激動の予兆〜」

 「昨日、母さんが“これをお前に渡せ”という託宣を賜った」


 あまりに突然で、言葉を失ってしまった。

 

 “証”あるいは“鍵”の譲渡。それはつまり、現所有者の役割が終わったことを意味する。そして同時に、現所有者の魔導力が極度に低下することを意味する。


 しかしそれ以上に、思うことがあった。


 「まだ、母さんはまだ」

 「ああ、まだ元気だ。そんな年齢じゃない···はずだ」

 「ってことは」

 「······ああ」


 魔導力の低下、それはそのまま死を意味しかねない。

 父のような、対価として生命力ーーー寿命ーーーを消費しない超少数派の人間はともかく、多く魔導師は、生命力と魔導力が直結している。

 その低下は、多くの場合死に直結する。


 「母さんは、今どこに」

 「祈りの部屋だ。啓示の詳細や解決法を聞こうとしているが···」


 まぁ、聞けはしないだろう。

 半ば眷属である俺たち魔導師に影響を与えることすら難しいのだ。そう何度も啓示は与えられないし、何より神とはそんな優しいものではない。俺たちの祖先に魔術を与えたのも、何千年も先に起こる悲劇に対しての駒とするためなのだ。


 「それで、俺は何を」

 「とりあえず、今はまだだ。今はまだ、うちの当主は母さんのはず。その状態では、お前に“鍵”は譲れないらしい」


 なるほど。まぁ、今祈っているなら尚更かもしれない。

 詳しく教えてもらってはいないが、“鍵”とは神と俺たちを繋ぐ縁でもある。そんな“鍵”を、今俺が持って行って良いわけが無いのは分かる。


 「まぁ、今できることは少ない。『渡せ』と言われたからには渡すが、少なくともそれは母さんの祈りが終わってからだ」


 わかった。そう、一言返すのが精一杯だった。


 「よし、話は終わりだ。戻るぞ、大阿久が待ってる」


 そうして、苦い気持ちのまま俺は、また父の後ろを追ってモカたちの元へ戻るのだった。




〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜




 「あ、カニ〜!」


 こちらの姿が見えるや否や、モカが駆け寄ってくる。近い。


 「何の話してたのー?もう終わった?」

 「ああ、終わったよ。終わったよな、父さん?」

 「ああ、待たせてすまなかったね、モカちゃん」

 「いえ、全然。私も父と久しぶりに話せましたから」


 モカも何か話していたらしい。内容は、俺たちも話していない以上聞かないが。


 「では、楠美さん」

 「ああ、そろそろ」


 じゃないと、時間になってしまうな、と言葉を交わし、2人はこちらを振り返った。


 「行こうか」

 「全ての始まりの地へ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る