第二話「平穏〜日常は突然崩れる〜」

 『おかえりなさい、ラボNo.11へ!』


 自動音声が鳴り響き、魔防ドアが開く。


 『ラボNo.11』。今となっては番号に意味など無いが、1から順番に割り振った時にここが11番目だったらしい。つまり日本で1番最初に番号を割り振られたということだが、まぁ今では他に勢いがあるラボはたくさんあるし、世界各国に造られ、『ラボ』以外の名称が着いた今となっては飾りにすらならない。


 「で、今日呼んだのはーーーー」



 「カニ?」


 

 まったく。


 「誰がカニだと何回言えば」

 「やっぱりカニだぁ〜」


 もう半分以上諦めた抵抗をサラッと受け流すこいつは幼稚園以来の幼なじみ、名前を大阿久桃夏おおあぐももかという。


 「ああ、アグーか」

 「アグー言うなっ!」

 「ガハッ」


 拳が飛んできた。腹に。痛い。···理不尽じゃないか、これ?

 

 「モカと呼びなさいと何度言えば良いのよ」

 「お前がカニと呼ぶから」

 「カニはカニでしょ!蟹人かいとなんて、そういう字を付けられた宿命と思って諦めなさい」


 ······理不尽じゃないか?お前もそんな苗字に生まれた宿命と思えよ···。

 そんなこと言えばまた拳が腹に飛んでくるから言わないが。


 「···モカちゃんもカイトも、そろそろ良いか?」

 「ああカニパパ、ごめんごめん」


 カニパパて。吹き出しそうになるのを必死で堪える。


 「今日呼んだのは···」

 「まぁ楠美さん、あっちに行ってからでも良いんじゃないんですか」

 「···それもそうか、そうだな大阿久」


 まだ移動するのか?家からここまでで十分な移動だったが。


 「だが、蟹人。お前はちょっと来い」


 見せたいものがある、と俺だけ呼び出された。俺だけ、ということは家に関する何かだろうか。


 そんな俺の疑問には少しも答えず、父は背を向け奥へ歩いてく。


 「じゃあカニ、また後でね〜」

 「ああ」


 あいつのカニ呼びはどうにか鳴らないのだろうか。

 そんなくだらないことを考えながら、俺は父の後を追うのだった。





〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜





 無言で先を行く父を追って、着いたのはラボ最深部、「楠美家関係者以外立入禁止」と書かれた扉のさらにその先奥深く、『神殿結界安定装置室』と銘打たれた小さな部屋。

 大層な名前をしているが、実際は先祖の骸を贄として工房ラボを取り巻く結界を形成している、簡単に言えば「儀式場」だ。

 もともとはウチの家系の工房をそのまま『ラボ』として転用した形であるここ『No.11』では、こういった俺たちの家系しか入れない部屋というものがいくつか存在する。ここはその中でも最深部、俺や母さんでさえ入ること少ない聖域。


 「父さん、ここ入ってもいいの?」

 「ああ。母さんに許可は取ってある」


 ということは恐らく祈りで確認したのだろう。


 ああ、説明を忘れていた。父さんは嫡子ではない。母さんの婿養子だ。今でもこんな古い形式をやっているのは魔導師ぐらいのものだろうが、今は亡きーーー目の前の棺の中だーーー祖父母の間には娘しか産まれなかった。そのため、祖父は魔導の素質を持つ男の子を探し、孤児だった父さんを見つけ、許嫁にしたのだという。

 そんな父が、俺や母ですら多く入ることはないここに入ることは当然許されていない。それなのに許しを得て入っているということは、余程の重大事なのだろうと予測が着く。


 「で、要件は何なの?」


 そろそろ本気で気になってきたのだが。


 「ああいや、1番の要件は向こうでモカちゃんも居る時に話すがーーー」

 「それは分かったよ。で、ここに呼んだのは?」


 かなりの重要な用事なのだろう。もったいぶらずにきっぱり言って欲しい。



 「ウチの“ものがたり”は完成していないだろう。だから、ここには“証”は無い。あるのは“鍵”だ」



 突然要件を話す父。その言葉はどれも以前父さんから聞いたことのあるものばかり。“ものがたり”が完結した証拠や、また結果としてこの世界に残る“証”。そして、“ものがたり”が未完の家が有する、完結させるために必要となる“鍵”。


 「ーーーうん。知ってるよ。それで 」

 「最後まで聞け」

 「そうだね、ごめん」


 学校での癖か、つい相槌を打ってしまった。父さんは話を遮られるのを嫌うのだと、あまり帰らないから忘れてしまう。


 「で、“鍵”がどうしたの」




 「昨日母さんが、お前にそれを渡せという啓示を賜った」

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