第一話「平穏〜当たり前は突然終わる〜」

「悲劇は突然だった。前触れも前兆も無く、ある日ーーーというか今日ーーー突然訪れた。奴らが何かは分からない。でも、あれが俺たちにとってーーーいや、この世界にとって良いものではないことは疑いようもない。あれは間違いなく、排除しなければならないものだ」

          ーーーーーー「日記」より抜粋



〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜


 困った。

 突然のことで、うまく頭が回らないが困ったことになったことは分かる。


 「おい、準備終わったか」


 分かっている。分かってはいるが、さっきまで別の準備していた人にそれは酷というものではなかろうか。


 ことは数分前、もうすぐ準備が終わって学校へ行くという時にかけられた父の一言が原因だ。


 『今日、というか今から戻るけど、お前も来い。見せておかないといけないものがある』


 その一言で俺の全ての予定が狂った。

 確かに、勉強なら学校など行かなくとも俺が教えてやる、という父の言い分も分からないでもない。だが、学校へ行く目的はそれだけじゃないと言って入学を半ば強制したのは誰だ、と言いたくなる。


 だが、そんなこと言えるはずもなく。


 「わかってるよ、もうすぐ終わる。ちょっとぐらい待ってくれ」


 その程度の抵抗に終わる。


 「あまりゆっくりしてる時間は無いぞ、そろそろ出ないと間に合わん」


 なんの事だか分からないが、時間指定があるらしい。そんなこと、はやく言えよ。

 そう心の中で呟き、しかし実際には何も言わず、黙々と準備を進めるのだった。






 準備を終え外へ出ると、既に迎えの車が待っていた。


 「この車、ってことは仕事だよね」

 「ああ」


 父の仕事場、名を、国際専門技術研究所。裏の正式名称を国際総合魔導機構研究所と言い、通称は「ラボ」。世界中に点在していた、魔術や魔法などの研究施設を統括、国際化した研究施設だ。

 

 父の研究は、魔導の中でも特に魔術に関する研究だ。まぁ、ほとんどの魔導は発動の対価として生命力を持っていかれるから、実際に魔導を使って実験したりはあまりしないのだが。


 「で。今日見せたいものって何なの?」

 「着いてからだ」


 見たら分かる、と。そう言外に伝えられた気がした。父の研究についてだろうか。

 などと考えていると、普段は無口な父が珍しく話しかけてくる。


 「お前、うちの“ものがたり”覚えてるか」

 「どうしたの急に」


 覚えているも何も、小さい頃から散々擦り込んで覚えさせたのはそっちだろう。突然どうしたと言うのだろうか。


 「いいから答えろ、覚えてるか」

 「もちろん、大事なものなんでしょ」

 「ああ、覚えてるなら良い」


 覚えている。一言一句間違えずにスラスラ暗唱できるぐらいには。

 昔から、魔術の話をする度にその話をさせられた。もう何度聞いたか分からないが、その話をする度に母は


 『この“ものがたり”は完結していない。いつ完結するかもわからない。私たちの代かもしれないし、あなたの代かもしれない。あるいは、もっと先の子孫かもしれない。

 だから、必ず、きちんと伝えて。これだけは、必ず伝承して』


 と言っていた。

 まだ俺にはその「完結」とやらがどういったものなのかは分からないが、耳にタコができるほど言われて、実際そうしなければならないのだとも思っている。


 「もしかしてさ、今日の用事に関係あったりするの?」

 「まぁな」


 だが詳しい説明をここで長ったらしくするのはごめんだ、と言う父。まぁ、口下手な父のことだから説明できる自信が無いだけだろう。研究室に着いて、説明できると思ったら説明してくれる···と、思う。

‎‎ ‎そんな短い会話を終えれば、父からも俺からも会話は無くなりーーーいつも通りのことではあるがーーー、無言のままラボまで車を走らせるのだった。

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