第67話 白いマフラー――特攻隊




 わたしの 大好きな けんじ兄さんは 中学を 卒業 する 年に

 予科練に 入りました 海軍飛行予科練習生 少年飛行兵です ✈


 お国の ために 一身を ささげる 兄は 家族の 誇り でした


      *

 

 兄には 好きな ひとが おりました

 わたしの 親友の みち子さん です

 

 決意を 聞いた みち子さんは わあっと 泣いた そうですが

 兄の 覚悟が ゆらぐ ことは ありません でした ふたりは

 夕暮れの たんぼ道に じっと 立ち尽くして いた そうです

 

      *

 

 川沿いの さくら並木が 五分咲きに なった ころ

 兄は 土浦(茨城県)の 予科練に 入隊 しました


 みち子さんは ホームの かげで 見送っています 🚆

 

      *

 

 ――神風特攻隊

 

 それが 少年飛行兵に つけられた 勇ましい 名前です

 

 ――一機一艦 必殺 体当たり

 

 それが おさな顔の 少年に 与えられた 任務 でした

 

 ときおり 届く 手紙 からも きびしい 訓練の ようすが うかがわれます

 わたしに 託された 手紙は あとで こっそり みち子さんに わたしました


 それは 戦時下に ひっそり 咲いた 清らかな 青春の花 だったのです 💚

 

      *

 

 みち子さんと 一緒に 面会に 行く ことに したのは 九州の 鹿屋かのや基地に 

 移った という 素っ気ない 文面に 虫の 知らせを 感じたから でした

 

 鹿屋は 九州でも 南部の 鹿児島県の はずれに あたる 航空基地 です

 3日がかりで たどり着いた わたしたちは 神風特攻隊が 乗る 飛行機が

 真っ赤な 夕日を 浴びて いる 茫漠 たる 風景に 胸を つかれました

 

 その夜 面会者用の 宿舎を 訪ねて 来た 兄は はっと 息を のむほど

 面やつれ して いました 話す ことば数も めっきり すくない のです

 

 わたしは ふたりを 宿舎の 部屋に のこして おもてへ 出ました 🌙

 夜道を 歩きまわり もどって みると みち子さんは まぶたを 腫らせて

 泣いて おり 兄は だまって 窓の 外の 暗闇を 見つめて おりました

 

      *

 

 それから 半月後――

 

 突撃機「零戦ぜろせん」に 乗りこんだ 兄は 鹿屋基地を 飛び立ち 海面を 埋めた 

 敵艦群が 撃ち出す 弾丸の 雨の なかへ 突入して みごと 散華さんげ しました

 首に 巻いた 白い マフラーが 青空に 長く 尾を 引いて いた そうです

 

 兄の 仲間の 人たちも ひとり乗りの 飛行機に 片道 だけの 燃料を 積み

 のこされた おんなたちの 涙と ともに 海中 深く 消えて 行った のです

 

      *

 

 戦後 零戦に 乗りこんだ 兄の 写真と ともに 遺書が 送られて 来ました

 

 ――父上さま 母上さま 家族の みなさま

 わたしは これから 敵艦に 体当たり します 

 二度と もどって 来る ことは ないでしょう 


 けれど お国の ために 尽くす のです から

 わたしには いっさいの 悔いが ございません 

 どうか みなさまも 笑って 送り出して ください

 

 最後に ひとつだけ お願いが あります 

 ご拝察の とおり みち子の こと です


 戦争が 終わったら 一緒に なろうと 誓い合い ましたが

 いまと なっては それを 適えてやる ことは できません


 ふたりは 心だけ 結び合い 永久の 別れを 告げるのです 

 みち子の 人生が 幸せであるよう 心から 祈って います


 白い マフラーは 首に 巻いて いくと お伝え ください

 

 南の 空の 入道雲 それが わたしの 生まれ変わり です

 わたしは いつも そこから みなさまを 見守って います

 

      *

 

 次の年 わたしも みち子さんも 復員兵と 結婚 しました

 赤ちゃん検診で 顔を合わせると そっと 会釈をし合います

 散華した 兄は ふたりの 胸のなかに 住んで いるのです

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