第55話 おじいちゃん――満洲開拓⑥




💦 6 母と子の別れ

 


 赤ん坊が泣くと、暴民に居場所を悟られる。

 母親がけんめいにあやすと、背のみどり子にも必死な思いが伝わるのか、いっときおとなしくなるのが、いっそう哀れだった。


 だが、それも、そう長くはつづかない。

 また赤ん坊がぐずり出すと、一行のきびしい視線は自ずから若い母親に集中する。


 思い余った母親は、はげしく泣き叫ぶ赤ん坊に「かあちゃんも、すぐ行くからね」自分もワアワア泣きじゃくりながら、目をつぶってわが子のか細い首に手をかけた。


 ある母親は、赤ん坊を抱いたまま大河に飛びこんだ。

 野獣がひそむ山中に置き去りにして来た母親もいた。

 

 母親たちの気持ちは、みんな、少しずつおかしくなっていった。


 とっくに死んだ背中の赤ん坊を揺すり上げ、子守歌をうたう母親。

 置き去りにした子どもの名前を呼びながら、山中へ分け入る母親。

 ゲラゲラすさまじく笑いながら、どこへともなく消える母親……。


 この世のものとは信じられない光景が、あちこちで展開された。

 

      *

 

 おじいちゃんは、妹のさち子の手を引いて歩いていた。


 さち子を産んでから病気がちだったかあさんは、枯れ枝のように痩せ細った身体をゆらゆらさせながら、途中で拾った木の枝を杖がわりにして、ようやく歩いていた。


 足を止めたら置いて行かれる。

 それはそのまま死を意味した。

 

 歩きながら眠り、眠りながら歩いた。

 昼も夜も、昼も夜も、昼も夜も……。


 ちぎれるほど強く手を引っ張っても、さち子は「痛い」とも言わずについて来た。


 それほど我慢づよかったさち子が「にいちゃん、あんよ、あんよが……」と言い出したのは、夏の草花に代わって銀色のススキの穂が秋風になびき始めるころだった。

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