第56話 おじいちゃん――満洲開拓⑦



💦 7 魔の哈爾濱ハルピン収容所



 ふっと行列が消え、代わって小さな遺体にすがる少年が、雲のきれ間に浮かんだ。

 

      *

 

 哈爾濱収容所に着いたとき、季節は完全に秋から冬へと入れ変わっていた。

 粉雪が舞う季節に3人とも夏服のまま、それもあちこち破れ、着ているというより襤褸ぼろをぶらさげていると言ったほうがふさわしいような、惨めなありさまだった。

 

 かあさんが死んだのは、収容所に着いて3日目の朝だった。


 布団もなくて、冷たいコンクリートの床に直に横たわったかあさんは「日本へ帰りたい……草原に花が……」うわごとをつぶやいているうちに息をしなくなっていた。


 遺体はその日のうちに収容所の庭の穴に埋められた。

 すでに何百体という遺骸が葬られている巨大な穴だ。


 男の人たちに運ばれたかあさんは、どさっと投げこまれ、乱暴に土をかけられた。

 だんだん見えなくなっていくかあさんの身体を、おじいちゃんは黙って見ていた。

 

      *

 

 その翌日、さち子が死んだ。


 高熱にうかされた赤いくちびるで「リンゴが食べたい」とつぶやきながら……。


 むらさき色に腫れあがった足の傷には、びっしりと白いものがうごめいていた。

 そうだ、さち子の身体は、生きているうちに、ウジの餌食になっていたんだよ。


 かあさんが埋められた穴はすでにいっぱいになっており、さち子は別の穴に埋めると聞かされたとき、おじいちゃんは凍りつく地面に這いつくばり、げえげえ泣いた。

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