第53話 おじいちゃん――満洲開拓④



🐂 4 満洲開拓団の少年



 そうだよ、ナオ。

 あれはね、おじいちゃんと、妹のさち子だよ。


 あれは1945(昭和20)年の秋のことだ。

 ちょうど現在のナオと同じ年ごろのおじいちゃんは、3歳の誕生日を迎えたばかりのさち子の手を引いて、果てしなく広い満洲まんしゅうの荒野をさまよい歩いていた。


 満洲はこの地球上のどこにも存在しない幻の国。

 いや、中国から見れば、いつわりの国なんだよ。


      *


 事情をかんたんに説明すると、こういうことさ。

 

 昭和のはじめ、耕作地の少ない日本は不況のどん底にあえいでいた。そんなとき、余剰人口、および不満のはけ口として政府が提唱したのが満洲開拓移民計画だった。


 島国日本に比べれば、とてつもなく広大な中国大陸。

 そのなかでも、ソ連との国境に近い、東北地方という地域を日本の植民地にして、満洲(清を支配した満洲民族に由来)という名前の新しい国を建国しようという壮大な侵略計画さ。そこには先住民がいることは、国民にはいっさい知らされなかった。

 

 ――いざ満洲へ!

 

 政府の勇ましい謳い文句につられた農民たちが、つぎつぎに海を渡って行った。

 

      *

 

 おじいちゃんの両親も、そんな満洲開拓団の一員だったんだ。

 行ってみてから、約束がちがう、国にだまされたと思うことも少なくなかったが、日本の財産をすべて処分し、身一つで渡満したから何事も受け入れるしかなかった。


 国からなにも知らされていなかったとはいえ、昔から住んでいた現地の人たちから家や土地を取り上げて追い出すかたちになったことには、良識ある大人の胸は激しく痛んだと思うが、文字どおりの背水の陣だったから、どうしようもなかったんだよ。


      *

 

 とにもかくにも住みついてみれば、満洲はとてもよい土地だった。


 四季折々に風情があったが、冬のきびしい満洲の春はとりわけ美しかったよ。🌺

 見渡す限りの大草原にアヤメ、ヒメユリ、ホタルブクロなど、色とりどりの草花がいっせいに咲き始める。可憐な草花が風に吹かれる風景はそれはみごとじゃったぞ。


 夏には、大人の両手で抱えられないほど、でっかいカボチャやキャベツが採れた。

 大草原に放たれている牛馬の鳴き声は、遠すぎてズレて聞こえるほどだった。🐄🐎


 秋には家族みんなで大車ダーチャに乗って、開拓団の収穫祭に行くのが楽しみだった。

 日本では見たこともない巨大な夕日が爛々と光りながら地平線に沈んで行ったよ。


 冬は極寒だったけど、どの家にもオンドルやペーチカがあったから平気だったよ。

 あ、そうそう、開拓団には国民学校もあって、おじいちゃんも通っていたんだよ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る