第52話 おじいちゃん――満洲開拓③




👧 3 雲のなかの行列


 

 ふと気づくと、あたりの景色は一変していた。


 青空も、太陽も、小鳥のさえずりも、風のささやきも……心はずませるものはことごとくすがたを消し、かわって暗い灰色をした分厚い雲が行く手をさえぎっている。


 だれかのすすり泣きが聞こえたような気がして、ナオはじっと耳を澄ませた。☁

 

 ――にいちゃん、あんよ……あんよ……。

 

 幼い女の子の声が苦しそうに訴えている。

 

 ――もう少しだから、がんばって歩こうね。

 

 その声に、年嵩の少年の励ましが重なる。 

 

 ナオはあたりを見まわした。

 そして、はっと息をのんだ。


 重なり合った雲のうえを、たくさんの人が行列をつくって、ぞろぞろ歩いている。

 衣服は破れ、汚れた髪の毛はそそけ立ち、手足は傷だらけ、やつれた顔にぎらぎら目だけ光らせながら、血のにじんだ裸足の足を引きずって、のろのろと歩いて行く。

 

 行列のなかほどに、10歳ぐらいの少年と小さな女の子がいた。

 幼い女の子は、ボロボロにやぶれたかすりのモンペをはいている。


「おじいちゃん、あの人たち、どうしたの?」

 ナオはおじいちゃんに訊いてみた。

 だが、おじいちゃんは何も言わない。

 ただ、だまって自転車を漕いでいる。


「ねえ、おじいちゃん、あの行列はなあに?」

 ようやく振り向いたおじいちゃんの顔はくしゃくしゃだった。

 おじいちゃんの喉から「ググググ……」へんな音がもれ出た。

 前籠のベルが振り返って、心配そうに「クフ~ン」と鳴いた。

 

      *

 

「にいちゃん、新しいおうち、まあだ?」

 ふたたび女の子の声が聞こえてくる。


「すぐだよ、さっちゃん。すぐだからね」

 喉にからんだ声で少年が答えている。


「にいちゃん、さち子ねえ、もう歩けないの。あんよが……あんよが……」

 言いながら女の子は、その場にくずれるようにしゃがみこんでしまった。


「どおれ、さっちゃん、にいちゃんにあんよを見せてごらん」

 少年はかがみこんで、妹の足をそうっと手の平にのせた。

 小さな足は、目をそむけたくなるほど傷だらけだった。

 親指の爪がはがれて、かかとはパックリと割れている。

 

 少年はくるりとうしろ向きになると、わざと元気よく背中をさし出した。

「さっちゃん、よくがんばったね。これからはもう歩かなくていいんだよ」

 おんぶされた女の子は、泥と汗となみだに汚れた頬を兄の背に押し当てた。


「ごめんね、にいちゃん、ごめんね、さち子のために、ごめんなさい……」

 おかっぱ頭の小さな妹を背負った少年は、一歩一歩、雲に分け入って行く。

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