第51話 おじいちゃん――満洲開拓②
🚵 2 おじいちゃんの遊覧飛行
ぺろり。
なまあたたかい感触を、くちびるに感じた。
しっとり濡れた黒い鼻面が眼前に迫っている。
ポヨポヨの長いひげがチクチクしてくすぐったい。
――ベルッ?!🐶
犬は、長い尻尾をブンブンふって、ナオの顔をペロペロなめまわす。
よく見ると、赤い首輪のさきにちぎれたチェーンを引きずっている。
「ベル、さがしに来てくれたんだね。ありがとう!」
太い首に腕をまわして、ぎゅうっと抱きしめた。
手のひらや膝こぞうが擦りむけてヒリヒリする。
公園の裏山に迷いこみ、崖から転落したらしい。
*
とつぜん、ベルがけたたましく吠え出した。
みかん色の夕日の前に、だれか立っている。
自転車を押し、麦わら帽子をかぶっている。
――あっ、おじいちゃん!👴
ナオを可愛がってくれたおじいちゃんだった。
「おじいちゃん、ぼくを迎えに来てくれたの?」
ナオはおじいちゃんに飛びついた。
ベルもピョンピョン跳ねながら、久しぶりのおじいちゃんに体当たりしている。
影みたいなおじいちゃんは、大きな手でナオとベルをぎゅっと抱きしめてくれた。
おじいちゃんの身体から、ぷんと日向の匂いがする。
ナオはおじいちゃんの胸に、そうっと顔をうずめた。
「おじいちゃん。ぼくね、ぼく……生きていても仕方ないんだよ。ぼく、いいところなんかひとつもないんだもの、パパとママが、ぼくのこと好きじゃなくても当たり前なんだよ。だって……だって……ぼくだって、ぼくのこと、好きじゃないんだもの」
ナオはおじいちゃんのシャツに顔をこすりつけた。
「だから、おじいちゃん、ぼくを一緒に連れてって!」
おじいちゃんはなにも言わず、ただゆっくりとナオの背中をさすっている。
*
どのくらい、そうしていただろうか。
ふいに、やわらかな声が降って来た。
――さあ、ナオや。おじいちゃんと一緒においで。
ひょいとスニーカーが軽くなったと思うと、ナオは自転車のうしろに乗っていた。
――あれれ?
ふしぎなことに、いつの間にか3歳の自分にもどっている。
幼いナオは半ズボンから小さな膝こぞうをのぞかせて、気に入りのジャイアンツの野球帽をかぶっている。見ると、ベルもちゃっかり前の籠におさまっていた。🐕
――さあ、ふたりとも、しっかりつかまっているんだよ。
おじいちゃんは自転車にまたがると、ぐいっとペダルを漕ぎ出した。
ふわり、自転車は空に浮きあがった。
ひとこぎ、ふたこぎ……自転車はどこまでも高く高くのぼって行く。
「うわあ、すごい! おじいちゃん、お空を飛べるんだね?」
ナオが叫ぶと、おじいちゃんはお尻を左右に大きく振った。
「おじいちゃん、覚えていてくれたんだ、イエスのサイン!」
2人&1匹を乗せた自転車は、ぐんぐん高く昇ってゆく。
おもちゃみたいな街並みが真下に見えるのが愉快だった。
ビルや住宅のあいだを、銀色の帯状に川がうねっている。
綿菓子みたいな雲が、ナオの膝こぞうをくすぐっていく。
「すっごくいい気持ちだね、おじいちゃん!」
ナオの歓声に、おじいちゃんはまたしてもお尻をふってくれた。
籠に前足をかけたベルも「ワン、ワンッ!」元気に吠えている。
おじいちゃんとナオとベル。👴👦🐕
仲よし3人の自転車旅行のはじまりですよ~。🚲
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