第43話 たずねびとの時間――戦災孤児②




 あ よう子ちゃんだ

 お花 売れてるかな


 いや……まだ あんなに 残って いる

 だれか よう子ちゃんの お花 買って やって くれない?


 ちょい そこの あったかそうな オーバーの おじさん

 いそいそ 浮き浮き しちゃって どこへ 行くんだい?


 あんたの 幸せの ほんの ひとかけら だけ あの子に 分けて やってよ

 売れ残ったら こっぴどく 叱られ ごはんも 食べさせて もらえないんだ


 よう子ちゃんも 戦災孤児 でね とおい 親せきに 引き取られたんだって

 上野駅の 地下道を ねぐらに するのと どっちが いいだろう ねえ……

 

      *

 

 ここに いるのは 親に 死に別れた 子ども ばかり

 なかには まだ 3歳にも ならない 子まで いてね

 とうさんかあさんを 恋しがって おんおん 泣くんだ


 その 子らを 順番に おんぶや だっこ していたら

 「あにき」 なんて 呼ばれる ように なっていたよ

 

     *

 

 とことんな 目に あって きた やつ ばかり でさ おいら みたいに 天涯

 孤独な やつも いれば 親せきに 引き取られたが 邪険に されたり 使用人 

 がわりに こき使われたり して こっそり 逃げ出して きた やつも いる 


 親という うしろだてを 失った 子どもたちに 世間が どんなに つめたいか 

 あれやこれや 色とりどりの 見本に ことかかないやね 上野駅って ところは

 

      *

 

 もっと あったかく なって 桜が 咲きはじめたら

 上野の お山には 花見客が 詰めかけるんだろうな


 華やかな 花茣蓙はなござに ひろげた 重箱の ごちそう 

 まるで 戦争など なかった かのような 宴会を 

 ぼくらは 指を くわえて 見て いる だけ……🌸


 ぼくは 神さまに 訊いて みたいよ 

 同じ 人間 として 不公平に すぎは しませんか

 

      *

 

 あ よう子ちゃんが こっちを 向いて くれた

 なんて 清らかな まぶしい 笑顔 なんだろう

 荒れた 巷の そこだけ 光っている みたいだ

 

 てへ いつのまにか ぼくの なかに あの子が 棲みついちまってさ

 よう子ちゃんを 思えば ぼく どんな ことだって 耐えられるんだ

 

 ん? そっか よかったね

 お花 ぜんぶ 売れたんだ

 今夜は 叱られずにすむね


 あったかい ごはんを 食べて ゆっくりと おやすみよ

 ゆめの なかで とうさんかあさんに 会えると いいね

 

 あと 何年 だろうね

 ぼくが ひとり立ち して かせげる ように なったら 

 まず まっさきに よう子ちゃんを むかえに 行くんだ 

 それまでの 辛抱 だから 待っていてね よう子ちゃん

 

      *

 

 そうそう ラジオの 「たずねびとの時間」を 知ってるかい?

 

 ――どこそこに 住んでいた なになにさんを ご存知の方は 

   東京内幸町日本放送協会に 手紙で 知らせて ください 

   うちそとの 内に 幸い と書いて 「内幸町」 です

 

 うっかり 声が しめらない ようにと 用心 しているのか

 感情 というものを かんじさせない どくとくな 棒読みの

 あれが きこえてくる たびに たまらなく なっちまうんだ

 ぼくの 家族も ひょっと したら どこかで……なあんてね

 

      *

 

 やあ 満月が おぼろに かすんでらあ

 

 ――けんた おぼろ月夜 って いうのよ

 

 どこかで かあさんの 声が する 

 いやだな ぼく 柄にも なく……


 さあ ちびどもが 腹を すかせて いるから 

 もう ひと稼ぎ がんばって こなくっちゃな

 おい みんな 出稼ぎに 出陣と いこうぜ!

 

      *

 

 それから 70余年後の いま――

 上野駅の 地下道には おびただしい ひとが 行きかって います


 みんな 自分や 家族が 今日を 生き延びるのに せいいっぱいで

 段ボールを 住処とする ひとたちに 目をやる 余裕も なさそう


 まして ここを 家と するしか なかった 孤児の ことなど……

 

      *

 

 ただ 都会の 積乱雲は 知って います

 いまどきの 少年 少女の かげに ある 

 76年前の 清らかで ほのかな 純愛を

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