第42話 たずねびとの時間――戦災孤児①



 ああ また 夜が 明けようと して いる のか

 あれから 何度目の 朝が やって 来るんだろう

 いまが いつなのか ぼく ちっとも わからない

 

 とうさん かあさん ねえさん……

 ぼく これから どうなるんだろう

 

 上野公園の 桜が 咲き はじめた というのに

 うう さぶっ けさは やけに 冷えこむ なあ

 こんな 朝は かあさんの みそ汁が 恋しいよ

 

      *

 

 おい そこゆく ジェントルマン ちょっと 待ちなよ

 へえ ずいぶん しゃれた カバン さげてる じゃねえか

 いいから こっちへ よこしなってば


 ほう なんだい こりゃ? 

 闇市で 仕入れた うまい もんかい


 なになに うちで 待ってる 子どもたちに おみやげ だあ?

 そいつは おなみだ ちょちょんぎれる うるわしき 物語だな


 どうだい ひとつ おいら たちにも おすそわけ ってのは?

 オー サンキュー!

 あったま いい ひとは やっぱあ はなしが はええや なあ


 ほれよ ちっと ばかり のこして おいて やった からよ

 これを かかえて とっとと うせやがれ ゴー ホーム!!

 しあわせ ごっこ なんざ おととい 来やがれってんだよっ

 

      *

 

 西郷さん こんにちは

 ツンも いつも しっぽを ふって くれて ありがとうよ

 こうして 足を ふんばって いる 西郷どんを 見るとね

 腹の 底から りんりんと 勇気が わいて くるんだよな

 

 そして ツン……

 うちの ゴンは おまえに よく似た 賢い 犬 だったよ

 毎朝 家の 門の ところまで 見送りに 出て くれてね

 夕方 学校から 帰ると また そこに 待って いるのさ

 1日中 ここで お待ちしてましたよ みたいな 顔してね


 ゴンは いいよなあ

 とうさん かあさん ねえさんと いっしょに 暮らせ……

 

      *

 

 きたない 👀

 こわいわ 👀

 いやあね 👀

 

 いくら なんでも そりゃあ ないでしょう おばさんたち

 そりゃあ 垢だらけ だし はだし だし やせこけてるし

 着ているものは 服より 襤褸ぼろ といったほうが はやいし


 けど じゃあ どう 生きろと? どうか 教えて くれよ

 

      *

 

 そうだよ ぼくの とうさんは 大学で 天文学を 研究 して いたんだ

 家でも 書斎に こもって むずかしそうな 本 ばかり 読んで いたよ


 かあさんはね ぼくには もったいないほど やさしい かあさん だった

 少ない 材料を 工夫して いつも おいしい ものを つくって くれた


 女学生の ねえさんは 弟の ぼくが 見とれちまう くらい きれいでね

 中学校の 生徒さんたちから よく 付文つけぶみを もらって いた みたいだよ

 

 だけど……

 ぼくが 東北の 田舎に 学童疎開に 行って いる とき 空襲に あい

 犬の ゴンまで 連れ みんなで 空の 星に なって しまったんだ 🌠

 

      *

 

 それからの ことかい?

 戦争が 終わって 先生に 連れられて 疎開先から もどって みたらさ

 東京の 風景は 魔法に かけられた みたいに 変わっちまって いてさ

 焼野原の 校庭に ならんだ ときの 気持ち いまも わすれられないよ

 

 そこで 運命 っていうやつは みごとに 分かれる ことに なったのさ

 そうだよ 運よく 家族に 再会 できた やつと できなかった やつと

 ぼくは 残念 ながら あとの ほうの 仲間 だった……(ノД`)・゜・。

 

      *

 

 親せき かい?

 東京には ひとりも いなかった はずだよ

 解散の とき 先生に 「大丈夫か?」と 訊かれて 「はい」と 答えた

 だって 先生も 自分の ことで せいいっぱいの よう だった からね

 

 校庭に 背を 向け 歩き出したら しぜんに ここへ むかって いたよ

 上野駅 という 磁石に 同じ 境遇の 子どもらが 吸い寄せられたんだ 

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