第41話 オコジョが見た終戦――玉音放送




 は~い ぼく オコジョ でち


 正式には ホンドオコジョ というんでちよ

 そうでち 北海道の エゾオコジョと 区別して でち


 ヤマイタチとか クダギツネとか いわれるのは ちょっと アレ でちけど

 ここ 志賀高原の 「山の妖精」 という 名前は 気に入って いるでちよ

 

 きょうは そんな ぼくの おじいちゃん おばあちゃんから 語り継がれた

 人間界の 太平洋戦争終戦日の ことを つまびらかに お話 する でちね

 

      *

 

 ときは 戦時下 とはいえ 横手山の ふもとの 村々では

 盂蘭盆会うらぼんえが 例年 どおり ひっそりと とり行われて いた


 盆棚には 提灯と キュウリ ナスの 馬や 牛が ならび

 門の 前で かんばの 皮を 焚き ご先祖さまを お迎えした


      *

 

 そして 明日は 早くも 送り盆 という日――


 正午から 大事な 放送が ある というので どこの 家でも 家族全員

 ラジオの ある 茶の間に あつまり 緊張した 顔を 見合わせて いる

 

 気配を 察した 猫は コソコソと 歩いて いるが 庭の 木立ち では 

 ミンミンゼミが やかましく 犬も 鶏も ふだんと 変わらない ようす 

 

      *

 

 その 2日前 首都圏の 上空を 飛んだ 「赤とんぼ」(複葉練習機)が

君側くんそくの かんを 斬れ」と 書かれた ビラを 大量に まいて いった

 

 それに 前夜も 録音 された レコードを 奪おう とする 一部軍人に

 よる 宮城事件 なるものが おこりかけたようだが ひそかに 鎮圧され

 予定どおり その日の 正午 秋津洲あきつしまたる 日本列島の 津々浦々に 向け

 前代未聞の 「玉音放送」 なるものが はじまった ので ある らしい

 

      *

 

 国民が はじめて 耳に する 天皇の お声は 雑音に さえぎられて 

 よく 聴きとれず むずかしい 詔書(天皇が発する 公文書)の 読み

 くだしに よる 奇妙な イントネーション ばかり 印象に のこった

 


 ――朕深ク 世界ノ 大勢ト 帝國ノ 現状トニ 鑑ミ……

 


 わたしは 深く 世界の 大勢と 日本国の 現状とを 鑑み

 非常の 措置を もって 時局を 収拾 したいと かんがえ

 ここに 忠実 かつ 善良な あなた方 国民に 申し伝える


 わたしは 日本国政府 から 米英中ソの 4か国に 対して

 共同宣言(ポツダム宣言)の 受諾 の 通告を 下命 した

                           

 

 ――堪へ 難キヲ 堪へ

   忍ヒ 難キヲ 忍ヒ

   以テ 萬世ノ 爲ニ

   太平ヲ 開カムト 欲ス


 

 日本国の 受ける 受難は 並大抵の ことでは ないだろう

 わたしは あなた方 国民の 気持ちを よく 理解している

 つもり だが ときの 巡り合わせに 逆らわず 堪えがたく 

 忍びがたい 思いを 乗り越え 未来永劫の ために 平和な

 世界を きりひらこうと 思う のである……

 

      *

 

 放送が おわると 茶の間に ぽかん とした 表情 ばかりが ならんだ

 

「いまのは いったい なんの 放送 だったんだね?」

「終戦 とか なんとか いって いた ようだが……」

「戦争が おわったって 勝ったんかい それとも……」

「しーっ うっかり 負けた なんて 言わねえほうが」

 

「いや 負けたんだ 戦争は はっきり 負けたんだよ」

「うそだろ 絶対に 勝つ はずじゃ なかった のか」

「そんな はず ねえよ 日本は 神の国 なんだから」

「じゃあ 聞くが 神風は どこの 空を 吹いたんだ」

 

 村人の 怒りと 嘆き とまどいは 岩かげの ぼくら にも 伝わって きた

 国民に とって 一番の 衝撃は 天皇陛下が アメリカに あやまられたこと

 「鬼畜米英」と 憎悪を 募らせ 適性語を 敵視 して きた その国に!!

 

      *

 

 以上が ぼくの おじいちゃん から 聞いた 終戦の 日の ようす でちよ

 そうでち こうして 代々 語り継いで いくのが オコジョの 歴史なんでち

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