第31話 押し花のひみつ――従兄の形見
従兄の さぶろう兄さんは
植物が だい好き でした
あれ いないなと 思うと
草花を 眺めて いました
*
ごんぞおじさんは そんな 息子を 「こんな ご時世に 困った やつだ」
でも さぶろう兄さんは おじさんの すきを見て 山へ 行ってしまいます
さぶろう兄さんが 好きなのは 派手な 花ではなく 目立たず咲く 野の花
たとえば 蛍袋とか 露草とか 宵待ち草とか 松虫草とか
あるとき 「これ ちさ子に あげる」 兄さんが くれたのは 黒百合の花
わあ うれしい 兄さん わたしの 好きな花 おぼえていて くれたんだね
*
父親の ごんぞおじさんが 「女みたいなやつ」 苦虫を かみつぶしたのは
植物好き だけではなく 色が白く 身体つきも ほっそり していたからで
兄さんは 振袖を 着せたら どんなにか というほどの 器量よし でした
*
でも 戦争は そんな さぶろう兄さんにも 過酷な 戦闘を 強いたのです
秋雨が 降りしきる朝 なで肩を 軍服で 包んだ 兄さんが 出征しました
半年ばかりしてから ハイネの 詩集に 黒百合の 押し花を 見つけました
もしかして さぶろう兄さん……わたしは 人知れず 胸を 高鳴らせました
でも そのころ 兄さんは 南の島の 野戦病院に 収容されて いたのです
マラリアに 罹患した 兄さんは 苦しみながら ひとりで 逝ったそうです
*
戦後 復員軍人の 後妻に なった わたしは 一男二女に めぐまれました
すっかり 色褪せた 黒百合の 押し花を いまも ときどき 見て います
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