第29話 ののさんになった父ちゃん――新盆
「なつの 父ちゃんは ののさんに なって なつを 見守って いて くれるよ」
母ちゃんや ばあちゃんから そう 言われる たび 青い 空を 見上げます
父ちゃん どこに いるの?
なつの 父ちゃんは どこ?
会いたいよう 父ちゃん……
*
蝉に かわり
村の 人たちは お盆の 花を 摘みに 里山へ 入ります
キキョウ リンドウ ヤマユリ ハギ オミナエシ ススキ
ちょっと さびしそうな 秋の草花が 風に ゆれています
なっちゃんちでは 「あらぼん」 なので 白い 提灯を 門に さげました
「わあい これで 父ちゃん お空から 迷わずに かえって 来られるね」
はしゃぐ なっちゃんから 母ちゃんは 赤い 目を ふと そらせました
*
ひるでも 薄暗いので なっちゃんは めったに 行かない 奥座敷で
母ちゃんと ばあちゃんが ひっそりと 盆棚の 用意を しています
秋の花を あふれるほど 活けた 大きな 花瓶を
その そばから 軍服の 父ちゃんが 黙って こっちを 見ています
盆棚の 飾りつけを 終えた 母ちゃんと ばあちゃんが いなくなると
なっちゃんは 盆棚に 顔を 寄せ 写真の 父ちゃんに 話しかけます
「どうして そんなところに いるの? なっちゃんの そばへ おいでよ」
父ちゃんは なにも 答えず 口もとを 真一文字に ひき結んでいます
*
母ちゃんと ばあちゃんが 野菜を お盆に のせて 運んで 来ました
「胡瓜は 足の速い 馬だで 父ちゃんを 素早く 乗せて 来てくれるよ」
「茄子は ゆっくりの 牛だよ 早く 連れて行って しまわないようにな」
なっちゃんは 胡瓜と 茄子の 馬に 「なむ~」 手を 合わせました
真新しい 桔梗の もようの 提灯の あかりが ふっと ゆらぎました
*
金魚の 柄の ゆかたに 赤い 三尺を しめてもらった なっちゃんは
夕日が 沈みかけると 草履を はいて 門の ところまで 行きました
納屋から 運んで来た 稲藁に ばあちゃんが マッチを 近づけました
「父ちゃん ご先祖さま方 この けむりに 乗って おかえり ください」
母ちゃんと ばあちゃんに なっちゃんも 小さな 声を 合わせました
赤く またたいていた 迎え火が とぼると あたりは 闇になりました
*
その晩 なっちゃんちには つぎつぎに 近所の人が やって 来ました
盆棚に お線香を あげ 父ちゃんの 写真に 手を 合わせて います
今夜は ひとりで ねんねしてね 母ちゃんに 言われた なっちゃんは
仕方なく ひとりで 青い 海原の ような 蚊帳に もぐりこみました
開け放った 戸口から 入りこんで来る 風で 波が あっちへ かえし
こっちへ かえし……それを 見て いると しぜんに 眠くなるのです
――あれ 父ちゃん ののさんに なったんじゃ なかったんだね?!
なっちゃんは 青い波に ゆられながら ねまきの うでを 伸ばします
――だっこ だっこよぉ なっちゃん 父ちゃんに だっこ したいの
父ちゃんは 黙って どんどん 波の 彼方へと 遠ざかって 行きます
――いやだ いやだよ~ 父ちゃん 行かないで こっちへ 来てよ~
自分の 泣き声で 起きた なっちゃんの ほっぺは ぐしょぐしょです
*
それから ふたつ 寝ると もう 父ちゃんを 送る 送り盆 でした
夕方 ゆかたの なっちゃんは 草履を はいて 門まで 行きました
「この けむりに 乗って おかえりください 来年も きっと 来てね」
送り火が 消えると 迎え盆の 夜より 風が 冷たく なっています
*
朝 モンペを はいた なっちゃんは 母ちゃんと 川へ 行きました
岸に 盆棚の 花と 胡瓜と 茄子の 馬を 供え 線香を たきます
せっかく かえって来た 父ちゃんが また いなく なって しまう
なっちゃんは ベソを かきました 母ちゃんは なにも 言いません
*
お盆が 終わると ふもとの 村には 一気に 秋が やって 来ます
女手だけの 収穫の あとには きびしい 冬が 待って いるのです
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