第28話 最後のリレー――戦時下のマラソン
足には 自信が なかった わたしが
とつぜん マラソン 好きに なった
きっかけから おはなし しましょう
意外に 思われる かもしれませんが
それは 戦時下 最後の 学校行事の
ふとした 出来事から だったのです
*
わたしが 通っていた 中学(現在の高校)では
毎秋 各クラスから えらばれた 選手に よる
持久走リレー大会が 盛大に 行われていました
長距離では 有名な 強豪校 でしたので
多少なりとも 足に 自信の あるものは
なんとか リレー選手に えらばれたいと
ひそかに 練習に はげんで おりました
なみいる ライバルを 勝ちぬき みごと
えらばれた者の 得意顔と いったら……
ついつい 小鼻が ぴくぴく 動いて(笑)
*
さて いよいよ 持久走リレー大会の 当日――
コースの 沿道には 在校生は 言うにおよばず
地域の ひとたちや 女学校の 生徒も ならび
目当ての 選手に やんやの 声援を 贈ります
わたしの クラスの エースは 毎年 大会で
有名を 馳せている 長身痩躯の ランナーで
長い脚を 軽快に 蹴り 一陣の 風のように
走る 雄姿に 赤い リボンの セーラー服の
ひと群れから 華やかな 歓声が あがります
そんな 声など 聞こえていない かのように
飄々と 駆ける すがたが また すてきだと
女学生たちは ひときわ さんざめくのでした
ええええ そうですとも 戦時下の 学校にも
平時と 変わらぬ 活気が 満ち 男女ともに
それぞれの 青春を 謳歌して おったのです
*
ところが 戦争が はげしく なると 学校を
とりまく 事情も しだいに 変容 しました
勤労動員令で 工場に はたらきに 行ったり
自ら 予科練に 志願 したりして リレーの
選手が みな いなくなって しまったのです
壮行会で 校舎を 背にした 俊足の きみの
直立不動を 秋の日が 淡く 照らしています
*
この様子では 持久走リレー大会は 中止かなと
思いはじめた とき 駅前通りなど にぎやかな
場所は 避け ひっそり 農道を 走る そんな
代替案が 学校側から 提示されたのです 👟💃
「一億臨戦体制下」の 窮屈な 毎日に 飽きあき
していた 生徒たちは 歓迎しましたが 問題は
優秀な 選手が ほとんど いない ことでした
――よし われわれだけで チームを 組もう!
だれかが 突拍子もない ことを 提案しました
なりゆきで カメの あだ名だった わたしまで
選手と 呼ばれることに なって しまいました
*
それから 猛練習が はじまり ました
お国の ための 体力づくりと 称して
たんぼの道や とうげ道を 走るのです
はじめは 1キロも 走れなかったのが
2キロ 3キロと すこしずつ 距離を
のばせる ように なって いきました
*
そして いよいよ 大会当日のこと――
第一走者から 受けた 紺の タスキを
無事に 第三走者に わたし終えたとき
ひそかに 想いを 寄せていた 女学生
キミコさんが セーラー服に モンペで
熱い 声援を おくって くれたのです
自信を つけた わたしは 遅ればせに
予科練を 志願 しましたが
飛び立つ 前日 終戦が 決まりました
*
未練がましく
戦後 しばらく わたしは 負の レッテルを 負いつづけました
ようやく 気持ちを 入れ替え 新制大学に 入学した わたしは
大空に 消えていった 仲間の 代わりに 陸上部に 入りました
*
あれから 76年後の わたしの 目標は マスターズの 優勝です
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