第21話 まなうらの風景――戦地の走馬燈
ねんねこ
――ねんねん ころりよ おころりよ
ぼうやは よいこだ ねんねしな
かあちゃんのやさしい歌声が、おれのすぐ耳もとで聞こえる。
あっ、あぶない! 上のねえちゃんが急いで駆け寄ってくれる。
うわあっ! 大声で泣き出すおれの膝こぞう、擦りむけている。
いただきま~す! じいちゃんばあちゃん、とうちゃんかあちゃん、兄弟姉妹、家族そろって囲む食卓は楽しかったなあ。貧しくても、笑顔の花が咲いていた。
竹馬、ぱっかぱっか。上手に乗れるだろ? おれ、チャンバラだって得意だよ。
鎮守の森から拾って来た犬のゴン太は一番の友だち。おれの行く先々、どこへもついて来る。ほら、お手、お座り、伏せ、待て。すぐ覚えて、賢いなあ、おまえ。
国民学校へ入ったら野良仕事だって一人前さ。田植え、草取り、稲刈り、しっかり働くよ。かあちゃんがつくってくれた、
学校の授業で得意だったのはね、えっへん、言わずと知れた算術と図工と体操。
苦手は……えへへ、修身と音楽。だってチャラチャラ女の子みたいなんだもん。
内緒だけど、女子組のみいちゃん、お下げが可愛くてね、嫁さんにしたかった。
*
けど、楽しかったのはそこまで、あとは現実っていうやつが待っていやがった。
おれの生家のような小作農の次男坊以下の男子は、いつまでも家にいられない。
おれはまちの金物屋に丁稚奉公に行き、一人前になるまで一所懸命に働いたよ。
そして、旦那さまの信頼を得て、もう少しで暖簾分けしてもらえる、そのときを狙ったように来やがったんだ、赤紙のやつが。おれは無念を胸に畳んで出征した。
*
それからは関東軍がつくった戦意高揚の軍歌『討匪行』の歌詞を地で行ったよ。
――どこまで つづく ぬかるみぞ
3日2夜を 食もなく
雨降り つづく 鉄かぶと
見知らぬ中国大陸を転戦するうちに、おれは人間ではないものになっていった。
*
敵の弾丸が、みごとにおれの腹に命中したとき、おれは不思議な感覚を覚えた。
これで苦しみから解放される。
いや、もう少し生きたかった。
ふたつの想いの波間にたゆたいながら、おれは思い出絵巻をたぐり寄せていた。
ひとは最期の瞬間に一生分の夢を見るという。
だとすると、おれはもうおしまいなのか……。
――お~い、お~い……。
薄れていく意識のなかで、だれかの声を聞いた。
けれども、おれにはもう答えることができない。
おれの心臓と呼吸は、ことりと静かに止まった。
大陸の晩秋の大夕焼けに浮かび上がったこぶし。
それがつかもうとしたものを、だれも知らない。
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