第18話 ひこうき雲――犬の供出
ほら あの空をまっすぐ横ぎっていく
ひと筋の ひこうき雲をごらんなさい。
操縦席で 少年と黒い犬が なかよく
手を振っているのが 見えるでしょう。
*
こわいよ~ いたいよ~
いやだよ~ やめてよ~
キャイ~ン キャイ~ン
子どもたちに棒きれで叩かれている黒い犬。
とそこへひとりの少年が通りかかりました。
助けられた犬は、やさしく撫でられました。
*
クロと名づけられた黒い犬は、その日から、少年の家の家族になりました。
少年にとって犬は、戦争に行った父であり兄であり、親友でもありました。
少年の名前はジョージといいます。
譲治という漢字があるのですが、底意地のわるい同級生は「やあい、ジョージ、適性語(英語)名前なんか捨てっちまえよ!」と言って、しつこくからかいます。
ぐっと堪えて帰って来た少年は、心配してくれるクロに慰めてもらうのでした。
はた目にも睦まじいひとりと1匹は、互いさえいれば、ほかに何もいりません。
いつでも、どこへ行くにも一緒、かたときも離れようとしないふたりに「おまえたちは本当の兄弟みたいだね」と言って、かあちゃんはおかしそうに笑います。
*
けれど、別れはとつぜんやって来ました。
国の命令で、犬を差し出せというのです。
――犬の供出命令。🐕
人間と同じ心や痛みを持つ犬に対して、
有無をいわさない、非情な命令でした。
――え、クロを差し出す?!
そのあと、クロはどうなるんだ。
犬まで戦地に駆り出されるのか。
いや、そうじゃない、撲殺されるんだ。
殺されて毛皮を兵隊のコートにしたり、
肉をタンパク質源にしたりされるんだ。
いやだ、そんなの、絶対にいやだ!(ノД`)・゜・。
おれの命よりたいせつなクロを、そんなひどい目に遭わせてなるものか。
でも、うちだけ犬を差し出さなければ、かあちゃんが非国民といわれる。
ならば、どうしたらいい? どうにか助けてやれる方法はないのか……。
自分に待ち受ける運命の過酷も知らず、無邪気なクロは、相変わらずやさしくジョージの頬を舐めてくれたり、うれしそうにしっぽを振ってくれたりしています
*
あくる朝、あたりがまだ薄暗いうちに、ジョージはクロを連れて家を出ました。
ずんずんずんずん、歩いて行くと、長い散歩と思ったのか、クロは大はしゃぎ。
日が高くなってから帰ってみると、かあちゃんが井戸端で洗濯をしていました。
「あれ、クロは一緒じゃなかったのかい?」ジョージは目を伏せて通り過ぎようとしました。「ジョージ、おまえまさか……」すうっと秋風が吹き過ぎて行きます。
*
賢いクロは、せっかく放された裏山からもどって来てしまいました。
つぎの朝、同じ村に住む顔見知りのおまわりさんがやって来ました。
「ジョージ。おまえがどんなにクロを可愛がっておるか、本官もよく承知しておるつもりだ。だが、すまんな、おまえのところだけ見逃がすわけにはいかんのだよ」
何度も振り返り振り返りしながら、クロがおまわりさんに連れて行かれたあと、ジョージはまったく笑顔を見せなくなりました。心配したかあちゃんが話しかけても何も答えません。恨みのこもった暗い目は、まるで老木の幹の
*
どのくらい暗闇の月日が過ぎたでしょうか。
ジョージはひとつ、重大な決意をしました。
――予科練に志願して、特高兵になる。
そうです、大空に散華して、クロのそばに行こうというのです。
かあちゃんを残して行くことに胸が痛まないはずはありません。
でも、ジョージは……嗚呼、ジョージは……川原に集められた犬たちと共に棍棒で殺されたというクロをどうしてもひとりにしておくことはできなかったのです。
出発の朝、かあちゃんは近所の目も憚らず、身をよじって泣きじゃくりました。
*
茨城県土浦の訓練所を出たジョージは、鹿児島県の
そして、いよいよ今日、敵機に体当たりするという、その朝がやって来ました。
片道燃料搭載の操縦席の窓の外に、ジョージはなつかしい笑顔を見つけました。
――クロ!!! おまえ、クロだね!
ここで待っていてくれたんだね!
操縦席に座ったふたりは、仲よく寄り添って空のかなたに消えて行きました。
*
ほおら、ごらんなさい。
特高兵の絹の白いマフラーが、あんなに長く尾を引いて。
手入れのいい黒犬の被毛も、ピカピカに輝いていますよ。
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