第17話 夜汽車のあかり――南満洲鉄道




 ――どこまで つづく ぬかるみぞ

   3日 2夜を 食もなく

   雨 降りつづく 鉄かぶと


 

 だれかが小声でうたっている。

 敵に聞こえたらどうするのだ。

 おい、いい加減にやめてくれ。

 

 だが、おれにも気持ちはよくわかる。

 この広大な中国大陸っていうやつは、

 どこまで行ってもぬかるみがつづき、

 足をとられる、魔の大陸だからなあ。


 

 ――いななく声も 絶え果てて

   倒れし 馬の たてがみを

   形見と いまは 別れ来ぬ


 

 ああ、それをいま言ってくれるな。

 倒れた馬は置いて来るのが軍の掟。


 ヒヒーン、ヒヒーン、ヒヒ……。


 しだいに遠ざかる、あの鳴き声。

 耳の奥で、じんじんしているよ。

 

 ああ、それからふるさとの愛馬。

 いまごろどうしているだろうか。

 そろそろ田起こしの時節だろう。

 頼む、老父を助けてやってくれ。


 

 ――すでに煙草は なくなりぬ

   恃むマッチも 濡れ果てぬ

   飢えせまる夜の 寒さかな


 

 まさに春とは名ばかりの、この冷えこみ。

 動いていればいいが、じっとしていると、

 軍靴の底から寒気が這い上って来やがる。

 

 一昨日からのすきっ腹に、零下の極寒。

 よくもこれで生きていられるものだと、

 われながら、ほとほと感心しちまうぜ。


 ああ、毎朝おふくろが炊いてくれた

 あったかいごはんと、うまい味噌汁

 もう一度でいいから食べたいな……

 

 こうしてじっと山蔭に身をひそめていると、

 いろいろなことが思い出されて来やがるぜ。


 このまま異国で泥にまみれて死ぬのだとしたら、

 おれはいったいなんのために生まれて来たのか。

 

      *

 

 とそのとき、闇のかなたにひと筋の光が現われた。

 ポツンとともった灯りは、見るみる近づいて来る。

 たしかな車輪の音も同時にこちらへ向かって来る。


 となりに伏しているやつが興奮して囁く。

 

 ――すっげえ! あれが「あじあ号」だ。

 

 祖国日本が誇る俊足の鉄のかたまりは、

 真っ暗な中国大陸を勇壮に駆け抜ける。

 おれは胸がいっぱいになっちまったよ。

 

 そうさ、これほど強大な力を持つ日本こそが

 この国の人民を守ってやることができるのだ。

 そう思うと新たな闘志が湧くような気がする。


     *

 

 驕れる日本が中国大陸につくった幻の国「満洲」。

 国威の象徴が、長大な南満洲鉄道(満鉄)であり、

 最高時速130キロで大連―哈爾濱ハルピン間を走る

 ゆめの超特急列車「あじあ号」であったのです。

 

      *

 

 じつは少し怖い事実があるのです。

 これは遠い昔の話ではありません。


 戦後日本の繁栄を象徴する東海道新幹線「こだま」「ひかり」「のぞみ」。

 いずれも南満洲鉄道で予定していた列車名をそのまま採用しているのです。

 どうでしょうか、いまさらながら、びっくり仰天の話ではありませんか?

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