第14話 三毛猫タマ――待ち人
チリリン
チリリン
可愛らしい音が聞こえて来ます。
三毛猫のタマが、またマモルにいさんを探しているのでしょう。
*
タマはマモルにいさんが拾って来た猫です。
中学からの帰り、野原の土管のなかでブルブルふるえていた、ちっぽけな毛玉。
ミャアミャア、ミャアミャア鳴いて、小さな頭をしきりに振っていたそうです。
お風呂場に連れて行って洗ってやると、「おっ!」と見ちがえるほどの別嬪さんになりました。おもちゃみたいな足をピンピン突っ張らせて、元気いっぱいです。
マモルにいさんは、猫に「タマ」と名づけました。
珠のように光り輝く子……という意味だそうです。
「タマや」と呼ぶと「ミャア」と答えるタマは、たちまち家族中の人気者になりましたが、タマが好きなのは、やっぱりマモルにいさんです。「マモルを見るときのタマの目の色、全然ちがうものねえ」母がよくおかしそうに言っていたものです。
お転婆に成長したタマは、外へ出かけ傷を負って帰って来るようになりました。
マモルにいさんはタマに言い聞かせました「いいか、おまえは女子なんだぞ」。
タマは一応神妙な顔をして聞いていますが、猫の心ここにあらずか、早くも表へ出たくてソワソワしています。マモルにいさんはそんなタマもまた可愛くて……。
*
そのころ、わが家では、とうさんと上のにいさんが兵隊に行っていたのですが、戦局が激しくなると、中学生のマモルにいさんも勤労動員に召集されました。
明日はいよいよ遠くの町の工場の寄宿舎に発つという夜、マモルにいさんはタマの首に赤い紐を結んで、小さな鈴をつけてやりました。「こうしておけば、どこにいるかすぐ分かるだろう?」。タマはおとなしく、されるがままになっています。
*
海沿いの町に空襲があったのは、にいさんが働きに行って半月後のことでした。
それから間もなく、戦争は日本の負けで終わりました。とうさんも上のにいさんも小石になって帰って来ました。木の箱の蓋には「英霊」と墨書されていました。
戦争が終わってもひどい食糧不足がつづき、祖父母は相次いで栄養失調で逝き、腹をすかせた弟は、こっそり青い梅の実を食べて、幼い命を天に召されました。
ミャオ―
ミャオ―
チリリン
チリリン
今日もまた、タマが大事なマモルにいさんを探して家中を歩きまわっています。
妙にだだっ広く感じられる家に残ったのは、かあさんとおれとタマだけでした。
*
あのときのタマの切なげな鳴き声と鈴の音が、いまも耳の奥に聞こえています。
そうそう、76年後の現在のわが家の三毛猫も、名前を「タマ」と言います。🐈
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