第15話 満月と兵士――野営の詩情




 東の地平線から、でっかい月が昇りました。

 さかずきでくりぬいたような、完璧な満月。


 野営の兵士たちは、いっせいに「おおっ!」どよめきました。

 伸び放題の髭が割れて、日やけした顔が他愛なくゆるみます。


 

 ――出た 出た 月が 

   まあるい まあるい まん丸い 

   盆の ような 月が


 

 だれからともなく歌が飛び出しました。みんなで童謡を唱和する髭面にひと筋、ふた筋、光るものが見えます。それぞれの胸に、思い出の月がよみがえります。


 

 ――おふくろにおぶわれて見た満月、でっかかったなあ。

   となり村に行った帰り道、姉貴に手を引かれた影の長かったこと。

   サブはそりゃあ勇敢な犬でな、十五夜の野を野分のように走ったっけ。

   うちのとなりはどえらい金持ちでさ、十五夜の団子がうらやましかったよ。

   九州出身のおれたちにとっちゃあ、やっぱり月といえば炭坑節だよなあ。


 

 弾む話に水をさしたのは、少しシニカルな兵士が歌い始めた二番の歌詞でした。


 

 ――隠れた 雲に 

   黒い 黒い まっ黒い 

   墨の ような 雲に


  

 ああ、たとえ月が西から上ることがあっても、おれたちが国へ帰れる日は来ないのかもしれんなあ……透き通った月光のもと、捨て鉢な絶望が広がっていきます。


 その夜、兵士たちは故郷の夢を見ながら、野営の洞窟で浅い眠りにつきました。


      *


 あくる早暁、男たちがどこへ出発したのか、いまとなってはだれも知りません。

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