第12話 木洩れ日のゆめ――戦場の友情




 陸軍のなかでも最下等の階級である二等兵のサブロウさんは、きょうがいったい何月何日なのか、自分がどこにいるのか、とっくに分からなくなっていました。


 生まれつき動作があまり機敏なほうではないので、上官や先輩たちから、

 

 ――のろま!

 

 叱られてばかりいます。ひと口に叱られるといっても生やさしいものではなく、有無を言わさず鉄拳が飛んでくる、それが軍隊という強制的な居場所なのです。


 冬は波濤はとうが砕ける日本海岸の村で、サブロウさんは左官見習いをしていました。

 口下手なサブロウさんは「さかん」と言えず「しゃかん」と言ってしまいます。

 それで軍隊の先輩たちから「おい、しゃかん」とからかわれてばかりいました。

 

 そんなサブロウさんをひそかに庇ってくれる朋輩がひとりおりました。

 同じ日本海岸の小さな漁村で漁師の手伝いをしていたユタカさんです。


 サブロウさんがひどい目に遭わされた夜半、ユタカさんは先輩たちに知られないようにそっと励ましてくれます。故郷からの手紙をこっそり見せ合ったり、好きな慰問品を分け合ったり……戦場に咲いた友情は、純で清らかな花そのものでした。

  

      *

 

 ――どうか、これ以上ひどい場所へ行かされませんように。


 二等兵たちの願いも虚しく、部隊は、より激戦の地へと進軍を重ねて行きます。


 軍隊では上官の命令は絶対ですし、戦闘場面に配置する駒としか認識していない下っ端の兵士どもへの説明など無用とばかりに、昼夜問わない行軍がつづきます。


 そして、到着した戦場では、真っ先に矢面に立たされるのが二等兵なのです。

  

      *

 

 連日の激戦がつづいたある日の午後、ぽっかりと静かなひとときが訪れました。

 大地に身体を投げ出した兵士たちは、木洩れ日を浴び、かりそめの夢を見ます。


 隣り合わせたサブロウさんとユタカさんは、久しぶりに語り合いました。

 眩しい空を見上げながら、サブロウさんはユタカさんにこう告げました。

 

 ――これまで、おれを庇ってくれて、本当にありがとう。

 

 そのために先輩の鉄拳を食らったことも、一度や二度ではなかったのですが、「いや、そんな……」ユタカさんは日にやけた頬に白い歯を見せて照れました。


 とつぎの瞬間、耳をつんざくような大爆音が鳴りひびき、サブロウさんとユタカさんの身体は宙に飛ばされていました。ふたりで故郷へ帰る約束まで一緒に……。

 

      *


 静かになったジャングルで、何事もなかったかのように蝉が鳴いています。☀

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