第4話 はないちもんめ――戦場のゆめ




 ある日とつぜん届けられた赤紙で召集され、汽車や船に乗せられて見知らぬ土地へ連れて行かれ、上官に命じられるまま戦闘に加わり、日本人の自分がなぜここにいるのかも納得できないままたおれるしかなかった……無数の魂たちへの短い物語。

 

      *

 

 村の子どもの歌声が聞こえて来ます。

 みんなで仲よく輪になって楽しそう。

 

 ――勝ってうれしい はないちもんめ

   負けてくやしい はないちもんめ


   となりのおばさん ちょっと来ておくれ

   鬼がいるから 行かれない


   お釜かぶって ちょっと来ておくれ

   釜がないから 行かれない


   布団かぶって ちょっと来ておくれ

   布団やぶれて 行かれない

 

   あの子が ほしい あの子じゃわからん

   この子が ほしい この子じゃわからん


   相談しよう そうしよう……

 

      *

 

 どうということのない童歌にも、逆に不穏な空気をはらんだ唄にも聞こえる歌詞に隠された本当の意味を知ったのは、隣家のアキちゃんが街へ行ってからでした。


 その昔、貧しい農村の娘たちは、口べらしのため女郎屋に売られて行きました。

 そのとき、村へやって来た女衒ぜげんが仲介する娘たちの品定めをしたのが「はないちもんめ」の始まりと知ったとき、自分のなかを一閃の黒い矢が奔り抜けました。


 「いちもんめ」は「一匁」(3.75グラム)。

 「花一匁」は買われてゆく娘の重さ(値段)を指しているのです。

 「勝って」は「買えて」、「負けて」は「値ぎられて」、「鬼がいるから」は「監視がいるから」と置き換える隠語だったとは……なんと怖い唄なのでしょう。


 いまも十分に貧しいのですが、むかしはなおいっそう貧しかった山村では、役に立たなくなった老人を背負って裏山に捨てたり、娘を売った金で親兄弟の暮らしを立てたりの不人情が行われて来ました。いまだって、となりのアキちゃんは……。

 

 あの小鹿のようにやさしい目をしたアキちゃんがいまごろ街でどうしているか、それを思うといても立ってもいられませんが、いまの自分にはどうしてやることもできません。こうして異国の泥濘でいねいにまみれ、身動きひとつできないのですから。


 とうさん、かあさん、あにき、あねき、そして、弟や妹たちよ、せめてわが魂魄が故郷へ還れるよう、アキちゃんのそばへ行かれるように祈ってやってください。


 ひどい出血ゆえ、もうすぐ意識がなくなるでしょう。

 だから、いまのうちに、どうか、どうかお願い……。

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