第5話 老犬が会いに――動物家族
科学では説明できないことがある。
これは、そんなひとつのお話です。
*
生まれついての動物好きで、物心ついたころには近所中の犬や猫たちを遊び相手にしていた末っ子を「この子はワンさんやニャアさんたちさえいれば、いつまでもおとなしく遊んでいるんですから」かあちゃんが笑いながら話していたものです。
歌の好きなわたしの行く先々へ、仲間の動物がゾロゾロついてまわったので、
――
人の子ひとり&犬・猫たちの一群は、いつしかそう呼ばれるようになりました。
*
なかでも一番の仲よしは、わが家で飼っていた男子犬・タローでした。
タローはわたしが3歳ぐらいのとき、村はずれのお堂に捨てられていた仔犬で、雨に打たれて弱々しく鳴いているところをとうちゃんが拾って来てくれたのです。
とても性格のやさしい聡明な目をした犬で、坊ちゃん(わたしのことですが(笑))を守る自分の役目をわきまえているように、わたしのそばをかたときも離れようとしません。にいちゃんやねえちゃんたちにも懐きましたが、わたしほどではありませんでした。いつの間にかタローは「わが家の末っ子」ということになりました。
お手やお座り、待て、伏せなど、犬の決まりごともすぐに覚え、
――つぎは何ですか? 坊ちゃん。
というように小首を傾げ、真っ黒な眸をこちらに向けてきます。
そんなタローの頭や腹を愛しげに撫でながら、とうちゃんは「おまえには忠実な柴犬の血が入っているものなあ」しみじみとうれしそうに語りかけるのでした。
*
夏休み、遠くの川へ泳ぎに行くと、さっそくタローがついて来て、少しでも危ない場所へ近づこうとすると、猛烈に「ワンワン!」と吠えて行かせてくれません。
学校帰り、気の合わない友だちと取っ組み合いのけんかをしていると、どこからともなく疾走して来たタローが「ウーッ!」と牙をむいて威嚇してくれました。
タローはまさにわたしの守護神でした。
*
そのころの日本は、軍部の先導で世界の強い国々と戦争を始めていました。
まず上のにいちゃん、ついで下のにいちゃん、わたしにも赤紙が来ました。
日の丸の小旗に送られて出発する朝、わたしはタローに言い聞かせました。
――おれが帰って来るまで、きっと元気でいろよ。いいな、約束だぞ。
老犬になっていたタローは「クフ~ン……」ひと声だけ鳴きました。
*
中国大陸の雪中行軍中にタローが現われたのは、あくる年の冬のことでした。
降りしきる雪の中をヨロヨロ歩いて来たタローは、わたしの顔をじっと見ると、「待て!」呼び止めるわたしの声をふりきり、再び雪の中に消えて行きました。
――犬の供出命令。
なる悪法がわたしの出征後に発令されたことを知ったのは、戦後、復員してからのこと。あのときタローの魂は守るべきわたしに別れを告げに来てくれたのです。
*
降りしきる雪の中に消えてゆく茶色い背中……。
70年以上前の光景がいまだに忘れられません。
もう十分に生きました。近いうちにこの星を去ることになるであろうわたしは、どこかの星でタローに再会できたら、今度こそ永遠に一緒にいるつもりです。☆彡
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