第20話 答え合わせ
来る日も来る日も、夜毎夢に見た少年の名前は、リーンハルトだった。
夢から目覚めたユリアローゼは、泣いていた。そして、過去の記憶を全て思い出していた。
少年の名はリーンハルト。7歳の頃に母に紹介されて初対面をした。不死鳥に育てられたという経歴を持つ天才魔法使い。魔法の実力とユリアローゼと瓜二つの容姿を買われ、7歳から13歳までの7年間、ほとんど同じ時間を過ごした。
彼の主な任務は、ユリアローゼに用意された王女教育を共にこなしつつ護衛する騎士の役。また、暗殺される危険のあったユリアローゼの影武者として公式行事に参加することも含まれていた。
ユリアローゼが夜会や祝祭パレードの記憶がなかったのは、リーンハルトが影武者として行事に参加してくれていたため。リーンハルトから行事で起きた主な出来事は共有されていたが、実際に自分が経験していなかったのと、彼に関する全ての記憶を奪われていたのだから記憶がないのは当然だった。
リーンハルトは、ユリアローゼの代わりにアトランティッド帝国に輿入れした。そして、3年の時間をかけ、彼が15歳のときに、宣言通り、先帝を廃し帝位を勝ち取った。
そして、さらに3年の時を経て、本物のユリアローゼを帝国に呼び寄せたのだ。
ここまでのことを把握して、ユリアローゼは混乱した。
リーンハルト様は、古代魔術を使う際、少ない魔力で魔法を発動させるために魔法陣を使っていました。けれど、わたくしはハルトが魔法陣に頼っているところを一度も見たことがありません。対面した時に感じる魔力のオーラも、リーンハルト様とハルトでは歴然の差があるように感じます。
リーンハルト様とハルトが同一人物ならば、何故リーンハルト様は魔力値を減らしてしまわれたのでしょう?
それに、リーンハルト様がハルトなら、何故、そのことを教えてくださらなかったのでしょうか? 帝位に就かれて3年も連絡なしでしたし。再会してからも、まるで他人のフリをなさっているような対応でしたよね。
ユリアローゼは、増え続ける疑問に首を傾げた。
他にも、リーンハルト様は師匠のことを話した際、怒ってしまわれたのも不思議です。
ユリアローゼがリーンハルトの魔力にハルトの面影を感じ懐かしさに涙をこぼしたのだと言ったとき、
「お前は俺の妃だろう。他の男の事は忘れろ」
彼は確かにそう言った。
ユリアローゼの魔法の師匠がハルトだということを知っていれば、そんな言葉は出てこないはずだ。
もしかして、リーンハルト様も、過去の記憶を失くされていらっしゃる?
そう考えてみると、今までの経緯に辻褄が合う気がした。
王女の替え玉として過ごした3年、あるいは皇帝として帝国に君臨した3年。生死を賭ける局面はいくつもあったことは想像に難くない。そのいずれかの局面で、リーンハルトは過去の記憶を失った。
誰かに奪われたのか、それとも自分から捨てたのかはまだ判断できないが、リーンハルトに記憶がない以上、彼に直接経緯を尋ねることは出来ない。
オトテール侯爵様なら、何か知っているかもしれません。
ふとした思いつきに背中を押されて、ユリアローゼはベッドから立ち上がった。
皇帝の執務室前の廊下で待っていると、目論見通り、オトテール侯爵がやって来た。
「これはこれは皇妃様、ご機嫌麗しゅう。陛下に御用ですか? 残念ながら、本日の陛下は大変ご機嫌が悪く、とてもではないですがお話できるような状態ではありません。また日を改められた方がよろしいかと。私も身の危険を感じた程ですので」
早口ですらすらと喋る茶髪の美丈夫に、ユリアローゼは神妙な顔で告げた。
「いいえ。今日は陛下ではなく、オトテール侯爵様にお尋ねしたいことがあって参りました」
「私にですか?」
ユリアローゼが真剣な顔でうなずくと、オトテール侯爵は表情を改めた。
「わかりました。人払いをした方が良い内容ですね? おや、そんなに驚いた顔をなさらなくても結構ですよ。そのように思いつめた顔をなさっていれば、余程のうつけでない限り察せられようというものです。では、私の執務室へご案内しますので、お手数ですがご足労願います」
「は、はい!」
うなずくと、オトテール侯爵はにこりと微笑んでから先導してユリアローゼを本殿の一角、彼の執務室へと案内した。
シンプルでありながら洗練された内装に、大きな窓から日が差して明るい清潔な雰囲気の部屋だった。並べられたデスクで侯爵の部下が数人働いている。彼らに一言声をかけつつ、オトテールは奥の応接室へとユリアローゼを招き入れた。
「まあ、その辺におかけください。そんなにかしこまらないでくださいよ。皇妃様をいじめたりしませんから。私だって初対面でお疲れのところに陛下と舞踏会へ送り出したことについては反省しているんですよ。さすがに無茶ぶりしすぎましたね。私が陛下を諫めるべきでした。え? その話ではない? あ、少々お待ちくださいね。すぐに紅茶を用意させますので」
口を挟む隙間なく話し続けるオトテールにユリアローゼは戸惑いつつも、大人しく応接ソファに腰を下ろした。しばらくすると本当に紅茶を持ったメイドが現れ、紅茶とお茶請けにクッキーを並べて去って行く。
テーブルセットが整うまでの間、オトテールは紅茶の産地や評価、クッキーを焼いたパティシエ等についてのうんちくを話し続けた。
うながされるまま、ユリアローゼは紅茶を一口含む。それを見計らったように、オトテールは魔石の輝くイヤーカフを差し出した。
「こちらをお耳につけてください。私が着けているものと対になっており、装着している者以外に会話が聞こえなくなります。この部屋は防音室になっていますが、部下が入ってこないとも限りませんので念のため」
ユリアローゼはうなずいて魔装具を身に着けた。
「では、お話をお伺いいたしましょう。私で答えられることであればなんなりと」
胡散臭い笑みを浮かべるオトテールをじっと見つめ、ユリアローゼは慎重に口を開いた。
「侯爵様は、リーンハルト様にいつ出会ったのですか?」
オトテール侯爵は、おや、と驚いたように表情を変えた。そして、真面目な顔を取り繕ってから答えた。
「陛下に出会ったのは、5年前。陛下がまだ戴冠される前でございますよ。陛下の御年に似合わぬ聡明さ、含蓄に富んだ知識量、希代稀なる魔法使いとしての才、逆境の中にありながら最善を勝ち取るまで諦めない不屈の精神、壮大な野望、そして心根のまっすぐで善良な性質に感銘を受け、微力ながらこの私が帝位簒奪をお手伝いさせていただきました。そして、戴冠した後は権謀術数に長けた老獪な振舞いと子供のような我が儘に振り回されております」
にこり、とオトテールは笑った。
「では、では侯爵様は、リーンハルト様の正体をご存知なんですね!?」
「正体、ですか。ふふ。皇妃様がおっしゃりたいのは、陛下が貴女の代わりにハイリヒトゥームから送り込まれてきた王女の替え玉だった事実ですね。それをお尋ねになるということは、皇妃様、記憶が戻ったのですか?」
問われて、ユリアローゼは何度もうなずいた。
「はい! はい、そうです! リーンハルト様が、わたくしのハルトだったことを思い出しました。侯爵様は、わたくしが記憶を失っていることもご存知だったんですね」
「ええ。戴冠する以前に、陛下から伺いました。あの頃の陛下は、貴女と再会することだけを心の支えにしていました。機会があればいつも貴女の事を話していましたよ。どう見ても麗しい姫の姿をしているにも関わらず、姫に懸想して頬を染める姿は倒錯的でそれはそれは美しく、危うく私も禁断の扉を開けるところでした」
当時を懐かしむように苦笑したオトテールの言い回しは気になったユリアローゼだが、内容に関しては胸を痛めた。自分を犠牲にしてまでユリアローゼを守ってくれたリーンハルトが、異国の地で自分のことを想っていてくれた。自分は彼を傷つける言葉しか言えなかったのにも関わらず。
ユリアローゼは泣きそうになりながら、話しを進めた。
「ですが、リーンハルト様は、わたくしのことを知らぬかのように振舞われています。それどころか、わたくし、避けられていますよね。もしかして、リーンハルト様は、リーンハルト様も、わたくしとの記憶を失くしてしまわれたのでしょうか?」
果たして、オトテールはしっかりとうなずいた。
「ええ。そうです。陛下は戴冠する以前、15歳より前のユリアローゼ様の記憶の一切を失っています」
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