第18話 面影重なる
翌日、ひとり執務室を訪れたユリアローゼは、リーンハルトからさっそく魔力増幅のための特訓を受けることとなった。
「魔力は一般的に、使えば使う程増える。そして、元々持っている魔力を使い切った後にさらに負荷をかけて魔法を使おうとすると魔力値の総量が増えやすくなる。考え方としては、体力トレーニングと同じだ。毎日負荷をかけて訓練すれば、筋肉が増え体力がつくだろう? 魔力にもそれが当てはまる。ここまでの理屈は理解るな?」
ユリアローゼはこくりとうなずいた。
「では、空のガラス玉に魔力を込めて、魔石を作ってみせろ。お前の実力は以前見せてもらったが、訓練方法に誤りや効果を弱める癖がないか確認したい」
そう言ってソファでふんぞり返ったリーンハルトが足を組み替えた。そんなリーンハルトの対面に座ったユリアローゼは、彼との間に横たわるローテーブルに乗せられたガラス玉を手に取った。
手のひらを握り込むと丁度フィットする大きさの、普通のガラス玉。
ユリアローゼはいつもやっている通り、手のひらから魔力を放出してガラス玉に込めていく。指の先からエネルギーが湧いてくるのを意識して、それを手のひらまで巡らせていく。
魔力を込めていくとガラス玉が熱を持ち、光を放ち始める。最後の仕上げとばかりに魔力を強く押し込むと、ガラス玉はどんどん小さく縮んで、親指の爪ほどの直径になって落ち着いた。
「できました」
「見せてみろ」
リーンハルトはユリアローゼから魔石を受け取ると神妙な顔で鑑定した。
「以前と同様、品質はA+ランク。純度百の金剛石だ。毎回同じ品質のものが作れるのは美点だな」
満足そうなリーンハルトの表情に、ユリアローゼはほっとして息を吐きだした。思わず笑みがこぼれる。
「すぐに気を抜くな。顔が間抜けになっているぞ」
「なっ! 間抜け顔になんてなっていません!」
まなじりを釣り上げたユリアローゼの声をリーンハルトは無視して話を進めた。
「お前、予想通り、魔力を込めるのに全身を使えていないようだな」
「え? 全身を使うものなのですか?」
「効率的に魔力を増やすには、心臓から魔力を送って、全身に巡らせて身体を魔力で満たす必要がある。心臓に貯蔵してある魔力が一等高いエネルギーを持っているからだ。魔力を込めるだけであれば指先や手のひらから魔力を絞り出すだけでも事足りるが、トレーニングするのであれば全身を使った方が効率が良い」
確かに、指先だけで訓練するより全身使った訓練の方が体力がつくのは火を見るよりも明らかだ。体力トレーニングと理屈が同じなのであれば、魔力のトレーニングも全身を使った訓練の方が効率が良いに違いない。
「飛行術を使った時も、手足と腹から均等に魔力を放出してバランスを取りながら飛んでいたからおかしいと思っていたんだ。それでは無駄に体力も魔力も消耗し、神経をもすり減らす。うつ伏せのポーズでしか飛べないのもそのせいだ」
図星を付かれて、ユリアローゼは押し黙った。リーンハルトの観察眼に内心舌を巻く。
「お前、実は魔力を全身に巡らせた経験がないな? お前に飛行術を教えた者は何故こんな初歩を教えなかったんだか」
「む。師匠を悪く言うのはおやめ下さい! 師匠はちゃんと説明してくださいましたけれど、わたくしが魔力を扱うのが下手過ぎただけです。それに、わたくしが飛べるようになったのは、師匠と別れてから数年経った後なのです。ずっと師事していれば当然教えていただけたはずですもの」
ふんすと鼻息荒く抗議すると、リーンハルトはあからさまに不機嫌なオーラを振りまいた。
「まあ良い。俺とその師匠とやらの格の違いを見せてやろう。ガラス玉を持ってこちらへ来い」
「え?!」
戸惑うユリアローゼに、リーンハルトがほほ笑んで手招きした。美青年の(絶対に裏のある)キラキラスマイルに、ユリアローゼはビクビクとしながらも言われた通りに席を立った。ローテーブルを挟んだ対面、リーンハルトの隣に腰を下ろす。
「今からお前に魔力を全身に巡らせるとはどういうことか教えてやる」
戸惑ってリーンハルトの顔を見れば、ユリアローゼの無駄に顔の良い伴侶は不敵に笑っていた。
怖いです、けれど、強くなるため、魔力を増やすためです!
ユリアローゼは意を決してうなずいた。
「よろしくお願いいたします」
「ガラス玉を持った手を出せ」
ユリアローゼが言われた通りにすると、リーンハルトの骨ばった美しい手のひらに手のひらを包み込まれた。大きな両手に挟み込むようにサンドされて、ユリアローゼは慌てる。
「あ、あの!」
「心臓を意識して魔力を込めてみろ」
互いの膝と膝が当たってしまう程近い距離で、手を包み込まれるという状況に男性免疫のないユリアローゼは翻弄されながらも、何とか平静を装う。早鐘を打っている心臓を嫌でも意識させられながら、何とか言われた通りに魔力を込めてみた。
「行くぞ」
「はい? ――あ」
次の瞬間、ユリアローゼの心臓に熱が生まれた。
熱いっ!
痛みを伴う程きゅんとして、息が止まる。
心臓から送り出された不思議な熱が、身体中へと巡って、手のひらの方へと集中していく。頭の天辺から足の爪先まで、身体中の全ての場所から不思議な感覚が生まれ、手のひらへ伝わっていき、その熱が握り締めたガラス玉に吸い取られていく。自分の内から魔力エネルギーが湧き出す初めての感覚にユリアローゼは慄いた。
握り締めた手の内に熱が集まっていく。ガラス玉が熱くてもう我慢出来ない、と思った瞬間、リーンハルトの両手がユリアローゼから離れた。
「どうだ? お前の中にあった魔力を俺が操って引っ張り出した。これが魔力を全身に巡らせる感覚だ。Sランクの金剛石が出来ているはず――。お前、泣いているのか?」
「――っ」
指摘されて顔を上げた瞬間、ユリアローゼの頬にぽたぽたと涙が落ちた。
「い、いえ。これは、違うんです。何でもありません」
「そんなに泣いているのに、何でもない訳がないだろう」
リーンハルトの声が一段低くなり、不機嫌を取り繕う笑顔も見せずに睨みつけられる。
「俺に魔力を触れられたことがそんなに不愉快だったのか? お前がどうしてもどうしてもとしつこく頼んで来たから効率的な魔力増幅法を教えてやったのに、その態度か」
「いえ、ですから。違うのですっ。ふ、不愉快だなんて、とんでもありません。逆なんです」
ユリアローゼは慌てて否定の言葉を紡ぐ。
「わたくし、嬉しくて。リーンハルト様の魔力と、わたくしの師匠の魔力がとても似ていて――。とても似ていて、それでわたくし、懐かしくて、嬉しくなってしまったんです。ですから、決して――――む」
気づいた時には、ユリアローゼの唇は奪われていた。
目を見開いたまま硬直したユリアローゼの唇に、透き通るように美しい碧眼の青年の唇が重なる。柔らかな感触に吃驚して思考が停止すること数秒。リーンハルトは最後に噛みつくようにユリアローゼの下唇を食んでから解放した。
混乱したまま、ユリアローゼはリーンハルトを見つめた。凶悪な程の魔性の色香を振りまきながら、美しい皇帝に睨みつけられていた。
「お前は俺の妃だろう。他の男の事は忘れろ」
低く命じられて、ユリアローゼは混乱する。
「で、ですが、リーンハルト様はわたくしと愛し合うつもりはないと」
若い皇帝の苛烈な怒りを悟り、言葉は尻すぼみに消えていった。
「そうだったな。ではもう、俺と関わりを持とうとするな。目障りだ。それとも、ここに残るなら口づけの続きでもするか?」
凍てつくような殺気さえ放たれながら、顎を取られそうになり、ユリアローゼはすくみ上った。
「あの、わたくし。――ごめんなさい!」
ユリアローゼは震える足を叱咤して、リーンハルトから距離を取ると、一目散に執務室から逃げ出した。
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