竜の住むところ

新城彗

第1話

 その日の朝、私は竜を見た。


 この日私は、いつもより早く目が覚めて、のんびりと学校に向かっていた。

 空にはまだ朝靄がかかっているようで、行く路地は薄暗かった。一人で歩く道はひんやりとしていて心地よい。

 あたりに人気はなく、それが路地の暗さをより強めているような気がした。

  私が通う高校は山の麓にある。街路から続く一本の坂道を登った先が校門だ。

 いつもの登校時刻なら挨拶運動をしている生徒会や教師がいるのだが、まだ朝早いからだろう、誰もいなかった。

 昇降口を抜け、階段を上る。三年生の教室は4階だった。

 教室の引戸の窓ガラスから見える限り教室にはまだ誰も来ていない様だった。

 引き戸に手をかけて扉を開く。教室の中から、ふわっと、雨上がりの森のような匂いがした。湿気った木の匂いだ。


 竜がいた。


 人は、あまりに自分の許容を超えた出来事が起こると声も出なくなるらしい。

 その巨体は、教室の真ん中に、並んだ机を押しのけるように寝そべっていた。電気のついていない薄暗い教室の中で、その白い鱗はくすんでみえる。

 あまりに大きな体のせいで見慣れた教室がやけに小さく、まるでこの竜を閉じ込めるための檻のようだ。

 現実離れした光景の教室に、何か運命的なものに導かれるように踏み入る。

 その竜からは、深い森の匂いがした。扉を開けた時に漂ってきた匂いだ。

「いい匂い…」

 ふとこぼれ落ちたその呟きは、竜が纏う柔らかな空気に吸い込まれていく。

 ギギギと何かが軋む音がした。竜の足元からだ。岩のように身じろぎ一つしなかったその巨体が、動いている。

 丸くくるまっていたその体を起こし、長い首をもたげる。閉じていた瞼が、開く。

 その瞳は新緑ほどに碧く、気を抜けば吸い込まれそうになるほどに深かった。無機質な輝きを持つ瞳は超然としていた。

 煌めく瞳でこちらを見つめながら、その竜は体を起こす。あまりに大きなその体が教室に収まりきるはずもなく、天井にぶつかる…

「あっ」

 瞬きする間もなく、その姿は一瞬にして消えていた。


 ぎゅうぎゅうに詰まっていた巨体が消え去った教室が、とても閑散と感じられる。そこに残されているのは、ぐちゃぐちゃに押しのけられてひん曲がった机や椅子だけだった。

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竜の住むところ 新城彗 @KeiShinjyo

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