(7) ※ネタバレ有

 それから峰岡は一息ついてカーディガンを脱いだ。白く細い肩があらわになる。まあこんだけ熱くなって推理してれば、身体も温まってくるのかもな。


「ところで、話は変わりますが、川村さんの死の前後で、怪しい動きをしている人物がもう1人います。誰だと思いますか?」


「……ストリッパーのおこいか」


 峰岡がカーディガンを脱いだ動作で連想したとは言うまい。


「その通りです。おこいさんは、川村さんの事情について詳しすぎると思いませんか。ゲーム内で2人は親しかったということになっていますが、自分が過去に起こした犯罪なんて、親しい友人でも話すのがはばかられる内容ではないでしょうか」


「そうだな。どうしておこいは川村の事情に詳しかったんだろう」


「そうですね。可能性1。まず川村さんが信じられないくらいのうっかり者で、自分の犯罪をペラペラ喋るタイプの人だったというのが考えられます。ですが、そんな人が詐欺の常習犯としてやっていけるでしょうか。可能性2。川村さんとおこいさんは、『親しい友人』以上の仲で、お互いのことを知り尽くすような深い関係だった。そうですね、例えば内縁の夫婦であった、とか」


「後者のほうがありそうな話だな。人気のストリッパーだったのなら、おおっぴらに結婚できなかっただろうしな」


「そうですね。でも、そうだとすると、おこいさんは、川村さんが強請りや詐欺をやっていたという、内縁の夫が不利になる事情を警察に話したことになります。これはなぜでしょうか」


「うーん。2人が内縁関係だったとしても、その関係が常に良好であったとは限らないんじゃないか。例えば、事件前後で関係が悪化していて、おこいは警察に情報をチクって川村を逮捕させようと思っていた、とか」


「なるほど、それはありうる話ですね」


「っていうか、それを踏まえると、おこいが川村を殺した可能性もあるんじゃないか」


 俺は思いつきでそう言ってみたのだが、峰岡はすぐに頭を振った。


「おこいさんのアリバイを示す情報はゲーム内で示されてないので、物理的には実行可能だったと思います。ですが、殺意を抱くほど憎んだのであれば、いったん警察に情報提供するなんてプロセスをとらないと思いませんか。それにストーリー上、彼女が川村さんの住所を伝えたのは、川村さんの殺害の直前です。だから、彼女が犯人だとすれば、自分の犯行前にその実行の難易度を上げてしまったことになりませんか」


「うーん、そうかも。どう考えたらいいんだろう」


「私はこう考えてみました。おこいさんが川村さんと内縁関係にあったとします。だから彼女は、川村さんが山川さんと共に詐欺に関わっていたことを知っていましたが、川村さんを庇うためそのことを警察には伏せていました。

 ところがおこいさんは、山川さんが何者かに殺害されたことを知ったのを機に、川村さんも殺害されるのではと恐れるようになりました。彼女が、急に川村さんの自宅の場所を教えたのは、警察に川村さんを連行させ殺人鬼の魔の手から守ってもらうためだったのかもしれません」


「な、なるほど……」


「さらに、おこいさんは、川村さんの死後になってから、ずっと黙っていた山川さんと川村さんによる洲本での詐欺事件について暴露し、沢木文江さんがその被害者家族であることも示唆しました。これは、文江さんが有力な容疑者であると示し、内縁の夫の仇討ちをするためだったとも考えられます。これは、おこいさんも、文江さんのことを第2の事件の犯人だと捉えていた傍証であると言えます」


「確かに、そう考えれば、おこいの行動全てに筋が通っているようにみえるな」


「というわけで、私はこの2件の事件について、犯人は文江さんではないかと、ずっと睨みながらゲームをやっていました。そう思っていたのに、ラストシーンで、ヤスさんが突然自分が犯人だと自供し始めたので、えっ、となってしまったんです」


 なるほど。だからあんなに納得していない様子だったのか。俺が浅く頷くのを見た峰岡は、俺の方にぐいと近寄った。俺はドキッとした。整った顔立ちの女の子がこちらに迫ってくるのは心臓に悪い。


「ここで改めて、文江さんの状況を洗ってみます。文江さんは、山川さんと川村さんの詐欺が原因となって両親を失い、唯一の肉親である兄のヤスさんの行方も見失ってしまいました。山川さんと川村さんのことを深く恨んだと思います。

 その後、文江さんは、短期大学に入って秘書になる勉強をして、卒業後すぐに山川さんの経営する会社に秘書として入社しました。ちょっと疑いすぎかもしれませんが、あまりにもスムーズに山川さんの懐に入り込んだと思いませんか。私はこれも文江さんが、山川さんに復讐を遂げるための計画の一端だったかもしれないと思いました。

 そして山川さんの秘書として働きながら情報を集め、山川さんのところに出入りしている川村さんの素性も掴み、両者を殺害する復讐計画を立てたんじゃないかなと思いました――いいですか、ここからが最後の仕上げです」


 峰岡は俺の方にさらにぐいと寄り、上目遣いで俺を見上げた。息使いがはっきり分かる距離だ。俺は居心地が悪くて少し間を空けてパーソナルスペースを確保しようとしたのが、なおも峰岡はジリジリ近づいてくる。興奮して周りが見えなくなっているみたいだ。


「真犯人はヤスさんではなく文江さんだったとすると、このラストシーンにも不自然な点が2つあります。1点目。まず、なぜヤスさんは、山川さんと川村さんの殺害について、自分が犯人だと名乗ったのでしょう」


「それは当然、ヤスが実妹の文江をかばうためだろ」


「私もそうだと思います。ヤスさんが文江さんの復讐計画について聞いたのが事前だったのか事後だったのかはわかりませんが、いずれにせよ文江さんの罪をかぶろうとしたのではないでしょうか。

 そう考えてみると、ヤスさんが地下迷宮の中で山川さんの手記を読んだ時のセリフも意味深なものに見えてきます。ヤスさんは、『もし ふみえの あにが はんにん だとして、 このことを しったら、 きっと、 こうかい するんでしょうね』と言いました。これはヤスさんが犯人だという前提で読むと、ヤスさんが山川さんの真意を知って動揺しているセリフに見えます。ですが、殺すほど憎かった相手が多少悔悟の念を書き残していたことがわかったくらいで、殺人犯が動揺するものでしょうか。また、本当に動揺しているときに、こんな風にあからさまに自分に罪をなすりつけるためのセリフがスラスラでてくるでしょうか」


「う、うーん」


「私はこう考えました。文江さんが犯人だという前提で読むと、この手記は文江さんに両親の復讐のみならず、山川さんの資産というより実際的な目的があったことを示す物証となりえます。ヤスさんは、これが見つかったことで文江さんが疑われることを恐れ、あえて自分が犯人だと疑われるようなセリフを吐いたのではないでしょうか。まんまと騙されたボスは、ヤスが文江の兄なのではと疑い、そしてラストシーンに繋がったわけです」


 俺は峰岡が言ったことを頭で反芻した。だが、俺の足りない頭では穴が見つからない。俺が眉をひそめて考えているのを疑いを示す仕草であると思ったのか、峰岡は真剣な表情でさらに俺に詰め寄った。頑張って身体を反らしてかわしたのだが、うっかり抱きしめてしまいそうになる距離まで来ていた。


「2つ目の不自然な点は、ヤスさんが話している途中に、行方がわからなくなっていた文江さんが突然現れ、密室のトリックを話したことです」


「確かに、そこはめちゃくちゃ不自然だな」


「そうですよね。文江さんによる山川さんの殺害に関してはヤスさんが罪をかぶることができたとしても、次の日に密室に見えるよう工作した件については、発見時に小宮さんもいたのでごまかすことができません。だから、この点についてのみ文江さんが罪をかぶることは既定路線だったのだと思います。ですが、なぜこんなにタイミングよく取調室に入ってきて、自分で喋ったのでしょう」


「えー……なんでだ」


「私は、唯一理由があるとすれば、文江さんが、ヤスさんとボスさんの話している場にいたのは、見張りのためだったんじゃないかと思いました」


「見張り?」


「川村さんの日記もとい実質的な遺書が見つかり、いよいよ犯人像が明らかになってきたところで、ヤスさんは自供を迫られます。そこで文江さんは、土壇場になって全ての罪を背負うことをためらわないように、見張っていたのではないでしょうか」


「なるほど……だからタイミングを見計らって出てきて、ヤスが要らないことを言わないようにした、と」


「そうです。というわけで、私の推理では――真犯人は文江さんです」


 推理を終えたとき、峰岡は近寄りすぎてほぼキスしそうな距離になっていた。俺はさすがに耐えられなくなって、峰岡の肩を掴んで少し押し戻した。ノースリーブだったせいで直に峰岡の肌の触感が手に伝わる。めちゃくちゃすべすべだ。それで峰岡も流石に自分の行動に気づいたのか、パッと俺から離れ、顔を赤らめた。


「す、すいません。熱中しちゃって」


「ああ……あとちょっとで、ファブリーズが必要になるかと思ったよ」


 そう言うと峰岡はさらに顔を赤らめた。

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