(6) ※ネタバレ有

「次に2つ目の事件、川村さんの殺害についてです。川村さんも山川さんと同じように、自宅で首を切られて殺されていました。多分、ボスさんとヤスさんが第一発見者です。2人が発見した時、『したいは まだ あたたかく しご それほど たっていないと おもいます』と表示されていたので。あってますよね?」


「うん。どう表示されたかまでなんて流石に覚えてないけど。化け物レベルの記憶力を持つ峰岡が言うならそうなんだろう」


「確かに記憶力に自信はあるんですけど、化け物はひどくないですか」


 そう言って峰岡は口を尖らせたが、すぐ「まあいいんですけど」と言った。


「実は私は、この2つ目の事件のほうが不自然な点が際立っていると思っています。1つ目の不自然な点ですが、川村さん殺害の犯人がヤスさんだとすると、犯行の実行可能性に関して、とても不自然な点があるんです」


「どこがだよ」


「ボスさんとヤスさんは、ゲームの中では常に2人で行動しています。だから2人は、一緒に川村さんの家に向かい、一緒に川村さんの遺体を発見したはずです。ですが、川村さんの遺体はまだ温かく、発見直前に殺害されたということがわかります。ということは、ヤスさんは川村さんを殺害するために、わざわざボスさんと短時間だけ別行動をして先回りして川村さんを殺害し、何食わぬ顔で戻って来てボスさんと一緒に遺体を発見したことになります」


 そう言われてみると確かに不自然だ。でも、ふと思いついたことがあった。


「2人がいつも行動しているってところが、ゲームのシステム上そう見えるだけっていうことなんじゃないか。いわゆる叙述トリックだ」


「どういうことでしょうか」


「えーっと、だな。このゲームは、プレイヤーがボスになりきり、ヤスに命令して調査を進行させるというシステムになってるだろ。だから、ボスとヤスは四六時中一緒にいるように見えるけど、中で描かれてないだけで、実際には風呂とかトイレとかは流石に別だろうし、一緒にいない時間もあると思うんだよ。例えば、川村の家に行ったとき、到着までの間にボス1人でタバコ休憩をとっていた、みたいなこともありうる。だから、プレイヤーにはわからないだけで、ヤスにとってボスを出し抜くのは簡単だったんじゃないか」


「なるほど……私は思いついてなかったですが、魅力的な解釈ですね」


 褒められた。ちょっと嬉しい。


「ただ、ヤスさんにとってボスさんのスキをつくことが簡単だったとしても、ヤスさんがボスさんと一緒に川村さんの家を訪れる直前に犯行を決行したことは変わりません。どうしてそのタイミングなんでしょうか。自分が殺害している現場をボスさんに見られうるリスクをわざわざ負わなくても、もっと容易に犯行が行えるタイミングがあったはずです」


「ぐっ……それはそうだな」


 ノータイムで論破されてしまった。ちょっと悲しい。


「それに、繰り返しになりますが、ヤスさんが川村さんを殺害したという物証はありません。また、川村さんは詐欺の常習犯だったということですから、犯行の動機を持っている人は多そうですよね。ですから、川村さんを殺害した犯人は、ヤスさん以外の人物だったのではないでしょうか」


「で、でも、じゃあ川村を殺したのは誰なんだ」


 そこで峰岡は少し微笑んだ後、いったん黙って深く息を吸った。こんだけずっと喋ってたら酸素も足りなくなるのだろう。


「それを紐解く鍵になるのが2つ目の不自然な点です。川村さんの死後、川村さんの自宅から、山川さんの屋敷の地下迷宮の隠し部屋の地図が見つかりましたよね。この地図は、迷宮の隠し部屋の位置まで示しているわけですから、私がマッピングしたものと同じくらい詳細なものだと思います。ですから、山川さん本人が作成したか、山川さんの屋敷が建設された当時に作成され山川さんが保管していたものと考えていいと思います。なのに、なぜ川村さんの自宅から発見されたのでしょうか?」


 峰岡は自分で描いた地図の載ったルーズリーフを持ち上げてヒラヒラと振った。ゲーム内で出てきた地図だって、壁に書いてあった落書きの内容や位置までは示してないと思うな。


「また、隠し部屋にあった日記には、山川さんと川村さんが淡路島の洲本で行った詐欺事件と、その被害者家族である文江さんへの悔悟の念と、文江さんに資産を譲渡したいという旨が書かれていましたね。この日記の隠し場所の地図を、川村さんが隠しもっていたのはなぜだと思いますか?」


 俺も頭を捻ってみた。そこはシナリオ上のご都合あわせで出てきただけという感じもするが。何か理屈がつけられないだろうか。


「あ、そうだ、川村と懇意にしていたストリッパーのおこいの話だと、川村は、山川が過去に関わった詐欺をダシに、山川を強請ってたんだろ。強請りのための根拠としていた、とか?」


「うーん、残念ながら、無理筋ですね。地図の方には、日記本体に書かれている内容は書かれていませんから、地図そのものは強請りには使えません。仮に、屋敷の深奥にある迷宮にどうやってたどり着いたのかはいったん無視して、このメモに従って川村さんが日記を覗きに行ったんだとすれば、地図じゃなくて日記本体をくすねればいいと思いませんか。どうして日記の位置を示した地図のみを保管しておく必要があるんでしょうか」


「うーむ、わからん」


「私も、偶然以外で、川村さんの家に地図があった理由が思いつきませんでした。そこで思い切って発想を変えてみました……この隠し場所の地図を川村さんの家に隠したのが、川村さん本人ではないと考えてみるとどうなるでしょうか」


 峰岡は手のひらをくるりと回しながらそういった。


「ええっ……誰が、何のためにそんなことするんだ」


の方からいきましょうか。川村さんに地図を見せることが目的だったのであれば、部屋に隠さず、直接渡すべきでしょう。また、別の人に渡すためだったらいちいち川村さんの家を経由する必要はありません。だから、地図を隠した人は、川村さんが持っていたと見せかけて、川村さん以外の人に、川村さんの家を介して地図を渡すことが目的だったんです」


「不思議な伝達の仕方だな。まどろっこしすぎる」


 俺がそう言うと、峰岡はくすくす笑った。


「そうですね。ところが、この点がそんなことをやったのかを考える糸口になります。この地図は、川村さんの死後発見されました。川村さんが自宅で殺害されることを確信していた人だったら、この伝え方が絶対にうまく行くと確信していたはずです」


「え、もしかして……川村を殺した犯人がわざと地図を隠して、警察に見つけさせようとしたって言いたいのか」


「その通りです。犯人は、川村さんの家に忍び込んで彼を殺害し、その後、地図を隠したのではないでしょうか。そして死んだ人の家であれば、警察に家宅捜索されることは確実です。つまり、犯人は、自分がそこに置いたとバレずに、山川さんの日記の内容を警察に伝えたいと思ったのです」


「いやでも、さっき峰岡も言ってたけど、この地図はもともと山川が持っていたものなんだろ。警察は、殺害された山川の家の捜索も進めていた。なら、わざわざ川村の家に移動させなくても、山川の家に置き去りのままにしておけばよかったんじゃないか」


「確かに、この地図はもともとは山川さんが所持していたものだと思います。しかし、山川さんが殺害された事件時点で、山川さんの家にあったのかまではわかりません。

 それに、仮に事件当時この地図が山川さんの家にあったとしても、川村さんの家に移動させる利得がないわけではありません。山川さんのお屋敷はとても広いのに対し、川村さんが暮らしていたのは小さなアパートでした。ですから、警察にいち早くこの地図を届けるためには、川村さんの家に移したほうが良いですよね。以上の点が、誰が川村さんを殺害したのかという問題に繋がってきます」


 そこで峰岡は一息つくほどの間を起き、俺の目をじっと見つめた。


「川村さんを殺害する動機があり、日記の内容が明らかになると得をする人間は誰でしょうか。もう少し丁寧に言うと、川村さんを殺すほどの恨みがあり、山川さんが保管していた地図を入手できた屋敷の関係者で、地図に書かれた隠し部屋に侵入するか隠されているものを推測できるほど山川さんに近い立場にあり、自分自身が日記の在り処を暴露したこと自体は伏せつつ、警察のような公的機関に日記の在り処を遠回しに教えることで、利得がある人間は誰でしょうか――そんな人物はこのゲーム内には1人しかいません」


「まさか……」


 峰岡が言いたいことがようやく分かった。


「そう、文江さんです。山川さんの日記の中には、文江さんへの悔悟の念と、文江さんに資産をのこしたいという文言がありました。正確には『かねをためて ふみえに のこしたい』と書いていたので、これは遺産や生命保険のことを意味していると思います。これは実質的な遺書です。これが明らかになれば、文江さんの懐に彼の資産が転がり込みます。ですが、容疑者として名前が挙がっている以上、自分から明らかにするのは藪蛇になってしまいますよね」


「おまえ、おかしいぞ。なんでそんなことに気づけるんだ」


「普通に考えていっただけですよ」


 俺は感嘆と畏怖の声を上げたが、峰岡は何でもないことかのように言った。こいつ、あのワンシーンだけからここまで考えたっていうのか。

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