(5) ※ネタバレ有
峰岡は、やはり冷房がきつかったのか、昨日も使っていた紺色のカーディガンを羽織り、俺が出した温かい紅茶を美味しそうに飲んだ。そしてアーモンド入りチョコレートを宝石でも見るかのように見つめ、口の中に入れて夢でも見ているかのような表情を浮かべた。そんなに高級なチョコとかではなくて、その辺のコンビニで普通に箱入り100円とかで売ってるやつだけど、めちゃくちゃ美味しそうに食べるな。そんなに好きならと、箱ごと持ってきてもう1つあげた。
俺はリモコンで冷房を弱めながら、峰岡の隣に少し間を撮って腰掛け、ちゃぶ台の上に置かれていたルーズリーフを眺めた。1枚は、『ポートピア』に出てくる登場人物全員の人物相関図だ。アリバイや動機について整った細かい字でメモが取られている。もう1枚は、山川の屋敷の地下にあった迷路の地図だ。スタートポイントから、金庫の位置と、隠し部屋の位置、迷路の壁に書かれた落書きの位置まで丁寧に書き込んである。このメモを作りながらこの速度でクリアしたのか。
ところで、峰岡がゲームを始めてからクリアするまでの時間をおさらいしてみよう。最初10分ほどチュートリアルがてら2人でストーリーを進めた。俺がキッチンに行ってからは、片手鍋に入れたお湯を沸かしながらキャベツをちぎって約5分で、そこから即席麺とキャベツを煮込むのに5分。紅茶用にお湯を沸かしながら大急ぎで食べて10分。湧いたお湯を注ぐのに数秒。食器を出したり片付けたりした時間を入れると、多めに見積もってさらに5分くらい。合計すると、峰岡がプレイしていたのは約35分だ。必要なフラグだけに絞ってタイムアタック的にやると10分以内で終わらせられると父親は言っていたが、このゲームを初見でこの速度で終わらせられる奴がいるのか。しかも、これまでゲームのコントローラーすら握ったことのない奴が。賞賛の気持ちを通り越して恐怖すら覚える。
「やっぱり犯人はヤスさんなんですか」
そんな俺の内心などつゆ知らず、峰岡は不満そうな声をあげた。温かいものを飲んで一息ついたのに、それでも納得がいっていないようだった。俺がその言葉を聞いて笑っていると、峰岡は怪訝そうな顔をした。
「どうして笑ってるんですか」
「ああ、すまん。峰岡がさっきから言ってる『犯人はヤス』っていうフレーズは、色んな意味でめちゃくちゃ有名なフレーズなんだよ。このゲームが流行した時、あるラジオ番組で出演者がプレイするってことになって、その出演者の1人が番組内で『犯人はヤス』って言ってしまったんだよ」
「ええっ、それ、一番やっちゃいけないやつですね」
「ああ。でも、それで逆に話題になって、売上は伸びたって噂だ。それで「犯人はヤス」という言葉が有名になって、『ポートピア』の筋を知らなくても犯人は知ってる人も多い。『日本で一番有名な犯人』と言われることもある。インターネット上だとネタバレを示すミームにもなってるな」
「でも、私は納得いってません」
そう言って峰岡は紅茶の残りを荒々しく一気飲みし、乱れた前髪を手で払った。相当納得してないらしい。
「まず、あんまり根本的ではない話ですが、山川耕造さんの殺害に関して言えば、ストーリー上犯人は2人いますよね。殺害したヤスさんと、密室を偽装して捜査の撹乱を図った沢木文江さんです」
「まあ、たしかに」
「だから『犯人はヤス』という言葉は、事件を表現したものとしては十分ではありません。でも、私が引っかかってるのは、そこではありません」
峰岡は頭を振りつつそう言った。たしかに、「ヤスは犯人」だったら間違いはないが、「犯人はヤス」だと文江の関与を無視してしまう。俺がティーポットに入っていた残りのお茶を注いでやると、峰岡はそれをまた荒々しく一気飲みした。やはり相当納得してないらしい。
「根本的な問題ですが、ヤスさんは最後に自分が犯人だと自供しました。ですがヤスさんが犯人だという物証は特に出ていませんよね」
「というと?」
「ヤスさんが沢木文江さんの兄である根拠、蝶のかたちのアザは提示されました。そして、ヤスさんと文江さんの両親を詐欺によって自殺に追い込んだのが、山川さんと川村さんだったので、殺害の動機もあります。ですが、ヤスさんが犯人だという物証……例えば凶器に残った指紋の痕跡みたいな、決定的な証拠は見つかっていませんよね」
「まあ、そうだけど、ヤス本人が殺したと自供してるからな」
「そうなんですが、それもちょっと怪しいんですよ。順を追って説明します。『連続殺人事件』というタイトルですが、平田さんの自殺を除いて、起きた殺人事件は2件ですよね」
「2件でも連続は連続なんだけど、『連続殺人事件』なんて言われたら、王道の推理小説みたいにバタバタ死ぬのを想像するから、なんかショボいと思うよな」
「実は私もそう思いました。人が死ぬ話なのにショボいなんて言うのはよくないですけど……」
そう言って、峰岡は少し口元を緩ませてから、次の言葉を続けた。
「まず1つめの事件、山川耕造さんの殺害についてです。ゲーム内で説明された密室殺人のトリックはこうでした。まず17日9時頃、玄関の鍵が空いた屋敷に侵入したヤスさんが山川さんの首を切って殺害し、部屋の鍵をかけて外に出ました。その後、ヤスさんは何らかの方法で文江さんに鍵を渡しました。次の朝、壁を破壊して部屋の中に入った後、文江さんがスキを見てドアに鍵を差し込みました。つまり、密室が偽装されたんです。こうすることで、山川さんが密室の中で刃物で自殺したかのように見せかけようとした。ここまではあってますよね?」
「ああ。俺の記憶が正しければ」
「この犯行を実行するにあたって、犯人は小宮さんが鍵をかけ忘れたために玄関の鍵があいていることと、殺害を実行する時刻に山川邸に来客予定がないことを知る必要があります。でも、そんな偶発的な事態を、山川さんの屋敷と直接的に関わりのなかったヤスさんが簡単に知ったり、あるいは予測したりできたでしょうか」
なるほど、屋敷の関係者でないと実行できない犯行だってわけか。しかしヤスは、直接的ではないものの、屋敷に関係があった。
「それなら、そうだな。当日、文江がヤスに知らせたとかじゃないか」
「それはありえますし、そうだとしたら文江さんの罪はより重くなりますね。ですが、この犯行を成立させるために必要だったのはそれらの情報だけではありません。例えば、殺害の瞬間まで山川さんを油断させ部屋に招き入れてもらうことや、部屋の鍵の保管位置、そして鍵の仕組みを知っていることなども必要です。いくら事前に情報を得ていても、山川さんと直接的な関係のなかったヤスさんには実行不能な気がするんです」
ここまで聞いたら峰岡が言いたいことがなんとなく分かってきた。
「文江が犯人だって言いたいのか」
「ぶっちゃけると、そうです。実は私は、密室のトリックには早い段階で思い当たっていたんですが、それをふまえるとこの犯行は文江さんか小宮さんにしか無理だろうと思っていました。そして小宮さんは、山川さんに恩義があり、また彼が亡くなれば失職するわけですし、確たる殺害の動機がありません。ですから、明確な動機のある沢木文江さんが最も怪しいと思っていました」
「でも、文江にはアリバイがあるじゃないか。山川が殺害されたと考えられる時刻、文江は英会話学校にいたんじゃなかったっけ」
「木下くん、覚えてますか。文江さんは英会話学校にいたと言っていましたが、その証拠としてゲーム内であがっているのは、取り調べにおける彼女の言葉だけです。ヤスさんも、『じけんのよる、 ふみえは たしかに えいかいわの がっこうに いっていました』と裏をとったかのように言っていましたが、実際に誰にどうやって確認をとったのかという描写はありませんでした。つまり、彼女のアリバイは、彼女自身とその身内の証言にしか基づいていません。この点についてはいくらでも嘘がつけるということです」
「え……でも、そんなこと言い出したらゲームの前提が覆るだろ。提示される証言が嘘だとしたら、何だってアリになってしまう」
俺がそう言うと、峰岡はニヤッと笑った。
「確かに、プレイヤーは提示される情報から推理するしかないので、ゲーム上で提示された情報が嘘であるならば嘘であるということもどこかで提示しければ、ゲームとしてはアンフェアですね。
ですが、私はこう考えました。文江さんのアリバイは、例えば英会話教室に問い合わせれば簡単に立証可能なものです。ですがゲーム内で、ボスさんとヤスさんは、なぜかそれをしませんでした。製作者がこの点を抜いたのは、この部分については疑っても良いというメッセージなのではないでしょうか」
そんな風に言われたらそうかもしれないという気持ちになってきた。まあ、当時のゲームハードのスペックの都合上、データ容量を切り詰めないといけないから、無駄を切り落としただけなのかもしれないけど。黙っていると、峰岡は俺が納得したと思ったのか、説明を続けた。
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