20 パーティーに行きますか


「ここからの流れを一度確認しておきたい」


 私の横に座った先輩マルテスが膝の間で手を組み、こちらを見ながら話し始めた。


「僕が覚えている限り、ここからはあのヒヒ親父が毎週君の御父上と君に招待状を送り始める。何としても君を自分の開くパーティーに呼び出して、自分のパトロンとしての地位を示したかったんだろう。君のお父上は数回、君に出席を勧めたと思う。あれは決して君に彼をパトロンとして選んで欲しかったのではなく、君に選択肢を残すためだ。その証拠に御父上は他にも数人のパーティーを勧めていただろう」


 あ、先輩マルテスもメルクリ総督のことヒヒ親父って思ってたのか。顔そっくりだものね、マントヒヒ。パーティーの件は思い出した。そんなこともあったわ。ただ私はまるっきり興味がなかったからすっかり忘れてたけど。


「私は確かどれも即答でお断りしてましたよね」

「ああ。他のお誘いにはあのソリス第二皇太子もいたし……僕の兄もいた」


 言われてみれば! そうだった、先輩マルテスのお家も中々有名な戦士の家系でお父様は確か下院に席をお持ちのはず。


「えっとどちらのお兄様でしたっけ?」


 マルテスは確か五人もお兄様たちがいる。上の数人は結婚してたはずだ。マルテスだって充分適齢期を過ぎてるし、誰かまだ結婚してない人がいたっけ?


「一つ上のアウルスだ。遊びが過ぎて未だに結婚していない。僕のように職務に忠実過ぎて婚期を逃したのとは全く違う。パトロンとしてはあまりお勧めできないね」


 そこではたと気になった。以前マルテスが思いを寄せてる人がいるっていう噂が立った時、そのお相手は神殿内の巫女じゃないかって噂されてたのを。


「マ、マルテスは、どなたかのパトロンになってるのですか?」


 つい、フレイヤ口調が出てしまった。私の詰まりながらの質問に、マルテスが自嘲の笑みを浮かべながら視線を私から外して返してくる。


「先ほども言ったように守護騎士を務める限り、それはほぼ無理だね」


 先輩マルテスのその返事に一瞬で胸を突き刺すような痛みが駆け抜けた。


 え、まさかマルテスが想い人と一緒になれないのは私のせいだったの?


 別に守護騎士に結婚に関する制約なんてないけれど、あの真面目過ぎるほど真面目だったマルテスならそれも充分ありえる。

 自分でも顔から一気に血の気が引いていく気がした。

 マルテスがあの時、彼女のところに行けなかったのもやっぱりきっと私のせいだったんだ。


「勘違いするな。マルテスだった僕はそのことに大きな誇りを持っていた。別に結婚の時期などどうでもいいことだったからな」


 チロリと私の顔色を見たマルテスが苦笑いを浮かべ、スッと手を伸ばして私の頭を優しく撫でた。その仕草はまるで親しい家族への物のようで、いつも主従の関係にられていたマルテスからは受けたこともなかった優しさだった。


「僕は元々君はそのまま最後まで祭女を続ければいいと思ってる。それが一番君にあった生き方だろう」


 優しい先輩マルテスの言葉は、私がフレイヤの時には聞かせてもらえなかったマルテスの本心の気がして、ほんのりと胸の痛みが和らいだ。

 マルテスにも、そして彼の想い人にもとても申し訳ないけれど、それは本当に私の生き方を尊重してくれているのが分かる、胸にしみる言葉だった。


「さて、話を戻そう。水の祝福の祭祀までの間、確か数回のパーティーのお誘い以外に特に目新しいことはなかったと記憶してる。君はどうだ?」

「私も特には思い出せません。パーティーというか、ソリス皇太子殿下からはお茶会と狩のお誘いも来ていた気がしますがどれもお受けしませんでした。あとメルクリ総督からは息子のジュディスの名前で数回お誘いを受けましたが、ジュディス本人がそんな覚えはないといってたので全て無視しました」

「……そのジュディス君の話は知らなかったよ。僕の知らないこともあったのか」


 私が気を引き締めて返事を返すと、先輩が少し厳しい顔で片眉を上げる。私は慌てて言葉を継ぎ足した。


「え、いえ、でも当の本人のジュディスはまるっきり覚えがないと言ってましたし──」

「本人の言い訳をそのまま鵜呑うのみにするわけにはいかない。それよりも、もっと問題なのはこのままだと情報が手に入らないうちに同じ『あの日』を迎えることになってしまうということだ」


 そこで私のほうに視線を向け、こちらをうかがうような様子で先を続けた。


「だから今回は情報収集の為にも、君も少し大人になってパーティーに参加して欲しい」

「えー……。でもフレイヤは普段引きこもって祭祀さいしだけしてきたので社交の場で知らない方となにを話していいか分からなくて辛いんですけど」

「心配するな、パーティーの間はずっと僕と一緒だ。最悪、君は黙って横にいればいい」


 う、それはそれで困るのよ。マルテスが一緒ってことはマルテスも騎士としてだけではなく社交の立場で来るってことで。

 普段そういうところに顔を出さないマルテスが礼服で出席なんてしたら、多分会場中の女の子たちが集まってきちゃう。

 そりゃそんなマルテスを見てみたくないわけじゃないけど。


 私のそんな気持ちなんてお構いなしに、先輩マルテスがパーティー候補を上げ始めるのを見て私は慌てて聞き返す。


「本当にちゃんと一緒にいてくれるんですよね、先輩マルテスが。責任もって、最後まで」


 でも私の発した言葉は先輩マルテスからまったく予想外の反応を引き出すことになった。


「ああ、僕はずっと君と一緒だ。これからも……」


 私を見据える先輩の横顔に窓から刺す日が陰影をつけて、その彫の深い顔を際立たせ、その神々しい姿が私の意識を全てもってっちゃったから最後のほうはよく聞き取れなかった。

 転移して来る前のあの乱暴な扱いからはかけ離れた、先輩マルテスが時々見せる熱の籠った眼差しは、ただただ私を混乱こんらんさせるばかりだった。

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