21 お昼をの為ならこの際仕方ありません
その日は結局それ以上長く
「どうやってもあちらに戻るつもりですか?」
そんな自由自在に転移できるとは思えなくて私がそう尋ねると、先輩マルテスが不敵な笑みを浮かべて私を見返す。
「君が僕たちを帰らせてくれるんだよ。立ちたまえ」
そう言って半分私の腰を抱くようにして立たせてくれたマルテスが、私をそのまま部屋の中心までエスコートしていく。そこに立てば確かに部屋の中の物の配置がまたも魔方陣に見立てられていることに気づいた。
いつの間に終わらせてたのこれ?
「では祝福を」
私が文句を言うまでもなく、彼がまた躊躇なく自分の指を噛み切る。それを慌てて私が直そうとすると、祝福が膨れ上がって転移の光が始まった。
「先輩指は……」
寝ぼけたようにそう言った私に先輩が肩をすくめる。
「それはあっちに置いてきたマルテスの身体に言ってやれ。僕たちの精神はこちらに戻ってきたからもう関係ない」
そんなぁ。それじゃ向こうのマルテスが可哀そう。
「マルテスの傷はフレイヤ様が治すだろう。それとも代わりに僕の指でも舐めてくれる?」
やけに艶っぽくそんなことを言う先輩は、それでも私の腰をしっかり抱き寄せて放さない。
だけど、今回はちゃんと転移を始めた時とまるっきり同じ体勢。どうやら先輩のアップグレード版転移魔方陣は本当に優秀らしい。
「そんなことする意味が分かりませんし、大体私の祝福を毎回こんなことに使うのはどうかと」
冷たく言い返しながら慌てて先輩の腕を取り払う。全く油断も隙もありゃしない。
この前は見逃してたけど、今日は転移前にこの部屋に時計があることに気づいてた。先輩の肩越しにそれを見上げれば、お昼休みが半分終わってしまったことを語ってる。
「それより先輩、これじゃあ私、お昼ご飯が毎回食べられません」
またも食べ損ねるのか、とムッスリと私がそう言うと、先輩が執務机の向こう側に戻って聞いてくる。
「君はお弁当派? それとも食堂派?」
「普段は食堂です。……ここ数日はお弁当を持ってきてエミリちゃんと食べてましたが」
それだって今から教室に戻ったらもう間に合わないと思う。そんな私の
「それでは担任に次の時間は委員会の仕上げで動けないと連絡を入れて、一緒にお昼を食べに行こう」
「え? 生活指導委員がそんなことしていいんですか?」
「別に君も今日の授業に出なくたって成績になんの影響もないだろう。授業自体は公欠扱いいだから君の評価にも傷はつかない」
先輩がそんな勝手なことを言いながらスラスラとテーブルの上の紙に手紙をしたためてる。
「それじゃあ行こう」
結局先輩はその手紙を職員室にいた先生に提出して、私を引き連れて食堂へ向かった。
お腹が空いてたから文句は言わなかったけどこれ、ちょっと問題だと思う。
そうでなくても館山先輩、その高身長と能面顔だけでメチャクチャ目立つのに、今日はお供が白昼堂々かっ
食堂までの通路でさえ好奇心いっぱいの目にされまくってたのに、食堂では私を従えて窓べりのペアシートに当たり前のように誘導された。
ここ「山之内学園」の食堂は「食堂」とは名ばかりの高級レストランだ。
席に座るとホテルのような白黒のお仕着せを身にまとったウェイターがすぐに寄ってきてオーダーを聞いてくれる。そこで食べるなら日替わりのフレンチ、イタリアン、和食から選べてお会計は月の終わりに直接引き落とし。
セレブな生徒を満足させることだけに集中した、成金のお父様仕様。
「山之内君はなににする?」
「イタリアンの春野菜とサーモンのパスタにします」
「僕は和食で幕ノ内弁当をカキフライで」
「かしこまりました」
ウェイターさんが先に飲み物を置いていってくれたところで私が口火を切る。
「先輩、本気でこれから毎日私に転移を続けさせるつもりですか」
「なにか問題があるか? 君だって犯人を捕まえたいんだろう」
それはそうなんだけど。
「ごく当たり前のことですけど、こんなこと毎回してるわけにも行きません。お昼の次の授業を毎回さぼるわけにもいかないし、先輩と連れ立って歩き回ると凄く目立つし」
見回せば、今もお昼休みが終わるギリギリまで食堂でおしゃべりしてる生徒たち、がチラチラとこちらに視線を送ってくる。
いい悪いはともかく、ここでは館山先輩だけじゃなくて私も理事長の姪として有名人だもんね。
「君が逃げ回らなければあんな目立つことをしないですんだだろうし、とっとと終わらせて普通に昼に間に合っていたはずだ。それに、正直君や僕は校内でどの道目立つ存在だから、いっそこうやって一緒に動くことを最初から見せておいた方が変な噂が立たないと思うんだが」
「無理でしょ、あんな連行の仕方したらもうこれからは皆の話題の的です!」
「……まああれは少しやりすぎたかもしれん」
あら。最後は真摯に頭下げられちゃった。先輩もしかするとあれで本気でキレてたのかもしれない。怒ってはいたと思ってたけど、行動が堂々としすぎてて計画的な犯行だと思ってた。でもそういうわけじゃなかったらしい。
「わ、分かりました。もういいです。先輩が頭なんて下げてると余計目立つのでやめてください」
私が慌てて付け足すと先輩がにやりと笑いながら頭をあげた。
あ、思いっきり嵌められた気がする!
私が文句を言おうと思った矢先にお料理が運ばれてきて、私の文句はそのままうやむやにされてしまった。
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