22 せめてお昼は美味しく食べたいの
「それでは今後の予定だがな。ここから先、主だったイベントはなかったように思えるが、正直なにが引き金になっているかまだはっきりしない以上、なるべく長く向こうに転移して様子を見たい。だから今後は必ず毎日昼休みには生活指導室に来ること」
先輩は綺麗な所作で漆塗りのお弁当箱に詰められた品々を一品づつ口に運び、その度に微妙に目を輝かせて味を吟味しながら私に話し始めた。
「毎日って、まさか週末もですか?」
「僕は寮生だから来るつもりだし、君だってここから徒歩で通える距離だろう」
「なんで私の家なんて知ってるんですかっ……てそりゃ知ってますよね、あの家目立つから」
白亜の洋館なんてこの街でうちだけだもんね。
「それから生活指導委員の仕事もちゃんとこなすように。昼休みの見回りが限られる以上、放課後の見回りは強化したい。それに週に一度はクラブハウスの見回り、月に一度は持ち物検査と夜の繁華街の見回り──」
「ちょ、ちょっと待ってください先輩、それはいくらなんでもやり過ぎじゃないんですか」
私の文句に先輩がカキフライを摘まんだ箸を止めてこちらを睨む。
「僕がこの活動を始める以前は放課後に施設内に残って君の言うところの『高校生としての品位を欠く』にあたる行為をする生徒が絶えなかった。しかもクラブハウスをそのまま作り変えて私物化し、会員費を取って学生にあらざるべき活動を行うグループが見かけられた。繁華街での活動は決してやましい行為だけではなく、セレブの御子息の安全を保障するためでもある。持ち物検査にしても現在、毎回の検査ごとにセレブご子息の非合法な隠し撮り写真やコレクションを没収している実績がある」
うわー。確かにウチは有名人の御子息が多いから、色々違った意味で目を光らせる必要はあるのかも知れない。知れないけどね。
「じゃあせめてそれは理事長に説明して学校側からの対応をして頂くべきでは?」
私の質問に先輩が眉を上げてこちらを見る。
「何を言っているんだ。生活指導委員は君の叔父上つまり理事長の鳴り物入りで作られた組織だ。正に君がいう通り、学校側の対応の一端でもある」
「え? 叔父様の?」
「なんだ君は知らなかったのか。僕が初代になるわけだが、一昨年の時点で僕の進言を真摯に受け止められた君の叔父上が始められたことだ。文句ならば直接叔父上に進言するといい」
う、叔父様は苦手なのよ。あの方全然喋らないんですもの。小さいころからお会いしてご挨拶してもムスッと頷くだけで返事もあまりしていただけない。
でも、ちょっと待ってよ。今、先輩が初代って言わなかった?
「先輩が初代生活指導委員長ならば、生活指導委員長が指名性だって、それもしかして先輩が作りあげた嘘なんじゃ……」
「別に嘘じゃない。僕が規約で決めたかられっきとした規定だ」
うわ、酷い。私を引き入れるためだけに規約まで定めちゃったってことか! 先輩、実はかなり本気で私を生活指導委員長に落とし込む気じゃないだろうか。不安が増した気がするけど、それは一旦横に置いておいて、まずは直近の問題を片づけることにする。
「わ、分かりました。でも土日は私、資格試験勉強で忙しいんです」
「ならば生活指導室でやればいい。僕もいるからはかどるぞ」
いやはかどる気が全くしない。私の不安など他所に先輩がさらに続ける。
「春休みも必ず毎日こちらに出向くこと。あの事件はこのままいくと春休み中に起きることになる。生活指導委員の研修とでも言い訳するといい」
「そんなぁ~」
これ以上この先輩といる時間増やしてどうするのよ。私の思いっきり嫌そうな顔を見た先輩が食後のお茶をすすりながら片目でこちらをうかがう。
「君はあまり乗り気ではないようだがな、この生活指導委員の業績は今後もし君も海外の大学を受けるつもりならば非常に有効だ。有名な大学は押しなべて社会奉仕活動を非常に高く評価する」
ああ、それはその通りだ。私も海外留学を視野に入れてるので知ってる。はっきりと私が興味を持ったのを確信した先輩が、ニヤリと笑ってこちらを見た。
「僕は来年オックスフォードとケンブリッジを受ける予定だ。僕がこの社会活動をもとに来年入学できれば君の進学にも有利になるだろうね」
「まさか……先輩もアーキビスト狙いですか?」
「やっぱり君もか。あれが一番こちらの古文書に近づきやすいからな」
アーキビスト、要は文化価値のある書類や写真その他の資料を保存するエキスパート。
司書でも確かに色々な文献に触れることは出来るけど基本的には公の図書館がその主な対象になっちゃう。だけどアーキビストはその資格だけで図書館でも個人所有のコレクションでもどこでも仕事があるのだ。だから私みたいな古文書に興味のある人間にとっては、一番自由度に見て回れる範囲が広い職種ってこと。
でも元々転移するために目指してた資格だから、転移も出来ちゃったしこの目標もちょっと考え直すべきなのかな。
「じゃあ先輩も歴史学専行の予定ですか?」
「さもなければ社会学だな。まだ検討中だ。僕たちはラテン語も分かるしな」
そう。こちらに転生して驚いたのはラテン語が私たちのいた世界の言語に非常に似ているってこと。おかげで私たちは多分大した勉強せずにヨーロッパの古文書を読むことも出来るはず。
「さて、君もお昼が済んだようだし、授業に戻るといい。明日は遅れずに来るように」
「待ってください、それこそお昼を毎回遅らせるわけにも行きませんから明日からお弁当にしませんか」
私がそういうと先輩がちょっと困った顔になる。
「君はいいが僕は寮住まいだ。残念ながら弁当を用意する人間はいない」
あ、そうだよね。それもあってこの食堂が充実してるんだし。
「じゃあ家の人間に二人分用意させます」
「……君が自分で準備してくれるわけじゃないんだね」
先輩は悪戯っぽくそんなこと言うけれど、お嬢様の私にそんな女子力は求めるだけ無駄です。
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