19 政略結婚のお申込みはいりません

「結局、二人一度に来られても二人が祭祀の主導権を取ろうと競い合う結果は変わらなかったですね」


 二人が帰ってから、トリトスに応接室の後片付けを任せて私室に戻ってきて、私はやっと落ち着いて先輩マルテスと二人きりで話ができるようになった。

 ため息混じりに愚痴りながら自分の椅子に腰掛ける。


 あーこの部屋久しぶり!


 私の部屋はこの屋敷の最奥になってる。

 南西向きの裏庭に面したゆったりとした部屋は片面に大きな窓が開いてて、その外に見える緑が目に痛いほどだ。窓際にはゆったりとした長椅子と籐で編まれた椅子が置かれ、白地に青でデザインの描かれた陶磁のテーブルを挟んで座れるようになっていた。

 右側の扉の向こうには寝室が続いている。この部屋に出入り出来るのは侍女のマーヤとマルテスの二人だけだから、マーヤさえ仕事を言付ことづけておけば邪魔は入らない。元来、男子禁制なのだけど、守護騎士はその限りじゃない。


 先輩マルテスと二人っきりっていうのに多少の不安はあるものの、今話し合わなきゃならないことは沢山あった。


「仕方ないだろうな。メルクリ総督は君の後ろ盾でどうしても評議院の議席を手に入れたいらしいしな」


 え? なにそれ?


「ちょっと待ってください、それなんの話ですか!?」

「ああ、フレイヤ様にはお教えするなと言われていたんでしたね」


 先輩マルテスが軽く肩をすくめ、説明を続けながら部屋の中を歩き回り始める。


「メルクリは元々隣国スパリヤのエリートだ。ここギート帝国の支配下に入ったとはいえプライドは高い。しかもギートは大した海軍を持っていなかったから彼はそのまま総督の地位を得られてしまった。なのに評議院の議席を持てないことに非常にご立腹だ。少しぐらいの無茶をしてでも君をめとりたいだろうね。なんせ君は箱入りの一人娘だ。彼にしてみれば狙い目だろう」

「だったらなおさら、なぜお父様は黙ってるの!? なぜ私には秘密にしなくちゃならないのよ」


 部屋中を歩き回って石を置いたりゴソゴソと色々動かしてまわっていた先輩マルテスが、ニヤニヤとからかうように笑いながらこちらを見た。


「フレイヤ様は政治的な駆け引きがお得意ではありませんからね」


 そう言いながら立ち上がって私の前に立つ。


「君のお父上は君の引退後の保険を多数、掛けているんだよ。箱入り娘の君はこのまま、ただ最後まで職務をすれば自然と誰かがその後の面倒を見てくれるとでも思っているようだけどね。実際は、よっぽどの物好きでなければ三十路みそじを超えた世間知らずな女をりたいと手をあげる者はいないだろうな。正直、付録もなしに請け負う男なんて普通いないんだよ」


 そう言う先輩マルテスの顔は少し暗い光をともし、私のすぐ近くまで来て眼の前で片膝を付いて私と視線を合わせた。


「そ、それならば私が引退せずにそのまま神殿の巫女を続ければいいだけのこと」

「普通の家ならばそれも叶うやもしれない。だが君はこの豊穣ほうじょうの祝福を司る祭家の娘であり、また評議会の上院議員の娘でもある。君が婿を取らなければ君のお父上の大きな基盤がごっそりと他の議員に持っていかれ、評議院内の政治的なパワーバランスが崩れ落ちてしまうだろう」

「そ、そんなことの為に私の結婚が必要だっていうんですか?」

「ああ」


 短くそう答えた先輩マルテスの手がスッと私の頬に伸びる。


「君の結婚は政治の道具だ。生まれた時から、君どころか君のお父上にだって決定権はない」


 そう言った先輩の手が私の頬に触れ、ゆっくりとでていく。


「そして、僕にもこのままでは君をその運命から救ってあげることは出来ない」


 苦しそうに言葉を吐き出して、先輩マルテスは私から視線をらした。


「あのソリス坊っちゃんは上院で彼の父、兄、そして君のお父上の三人にいだ大きな派閥を形成している。これまた、なにを考えて君との結婚を望んでいるのやら。もしかすると皇帝の座でも狙ってるのやもしれないね」


 うわ、なんて恐れ多い!


 たとえ他の人の耳がなくても、賢いマルテスが普段なら決して言いそうもない政治の裏を、まるで占い師のごとく淡々と語るその口調に少しだけ背筋が寒くなる。


「でもそれじゃあ、誰も私の死を望む者はいないことになってしまいます。それでどうして私とマルテスの死につながるんでしょう?」

「さあね。この二人の仕業だったのか、それとも他の誰かなのか。今までの情報だけでは分かりかねるな」


 色々な利権りけんがこの時の自分の結婚に関わってるのは今初めて知ったけど、まあ黄金こがねの世界史の知識のある今ならそこは以前よりすんなり理解できた。だけどやっぱり死ぬ理由が分からない。折角こちらに転移できていても、死因や犯人の動機といったものが分からなければ辿たどる先は一緒だ。


「ああ、そういえば。転移はちゃんと向こうと同じ時間経過の後に来れましたね」


 突然思い出して私がそう言うと、喜ばしいことだと思ってたのに先輩マルテスの顔が少し厳しくなる。


「ああ、だがこちらでの経過時間があちらにどのように影響するのかが今ひとつわからない」


 そう言いながら今度は私を椅子から立たせて椅子の位置まで動かし始めた。


「先輩、さっきっからなにしてらっしゃるんですか?」

「だから今言ったようにこちらにも転移の魔法陣を設置して、必ず同時刻に戻れるようにしてるんじゃないか」


 え? そんなことどうしてできるの!?


「そんな魔法陣なんて見たことありませんよ」

「ああ、君の知識にはないだろうな。『時間の強制』はこちらの呪術じゅじゅつの一つだ。君のお父上はご存知だよ」

「そんな恐ろしい呪術じゅじゅつ、決して触れてはいけない知識ではありませんか」


 私の反論にマルテスが苦笑いしながら私を見る。


「それは僕の知ったことじゃないな。なんせ君は気づかなかったようだが僕の魔術は全て君のお父上から教わったものだ。自分の娘を守る守護騎士だから特別念を入れて教わったよ」


 そ、そんな。お父様は神殿の祭司長なのに!


「それより君も感じたか? こちらに来てすぐ、新しい記憶が焼き付けられた。だがその前の記憶もあやふやだが残っている。君はどうだ?」

「私も同じです。確かに新しい記憶のほうが鮮明ですね。それにこちらに転移してる間もしっかり意識を失わずに来れました」

「やはり同じか」


 そう返事をしながらこちらをじっと見つめる先輩マルテスに促され、私はマルテスと一緒に窓際の藤で編まれた長椅子に一緒に座った。


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