33 仕事には前向きな私だったのですが

「やはりそうか」


 帰ってきた先輩マルテスに今日ジュディスから聞き出したことを報告すると、疲れた顔の先輩マルテスがため息交じりにそう呟いた。


「え、先輩は知ってたんですか?」


 驚いて私が聞き返すと先輩が悲しそうな目で私を見返す。


「最近神殿への喜捨きしゃが減っているのは事実だ。君は御父上が神殿長で神殿に詰めている代わりに自宅で過ごしている都合上、こういう話を聞く機会が少ないんだ」

「そ、そんな。ならどうして先輩……マルテスが私に教えてくれなかったんですか」

「君や僕にどうにか出来ることではないだろう? それに遠回しには気づけることが起きていたはずだ。たとえば以前は全て断っていたのに、君の御父上があのメルクリ総督や他の夜会へのお誘いを君に打診し始めただろう」

「え、でもそれは私が適齢期に入ったからではなかったんですか?」

「分かってないね。君は十歳の時から正式に祭女としてパトロンを取れる立場になっていたんだよ。それがあったから僕が君の騎士になったんじゃないか」


 ちょっと待って、それも聞いたことなかった!


 驚く私にマルテスが困った顔で続ける。


「十歳を超えた祭女に騎士も付けないでおいたらいつ誰が娘を脅して無理やりパトロンになろうとするか分かったもんじゃないからね」

「でも三十にもなって仕事を終えても相手にする人はいないって、先輩以前言ってらしたじゃないですか。なんでそんな祭女のパトロンになんか無理してなりたがるんですか?」

「皆が皆、三十歳まで待つと思う? 神殿には毎年新しい祭女が来るんだよ。どうしてそんなに沢山いると思う?」

「そ、それは皆違う祝福をしなければならないから──」

「神殿には常時数人は同じ祝福を授けられる巫女がいるよ」


 首を緩く横に振りながらマルテスが言う。私は今言われた事実を噛みしめて心臓が痛くなってきた。


「君はその中でも確かに特殊だ。君の父上にしても君にしても、祭家の者の祝福の力は他を大きくしのいでる。そうは言っても、必ずしも他に同じ祝福が出来る者がいないわけではないんだよ。ただ、君独りで出来る祝福を代わりに行うには、沢山の祭女が休むことなく祝福を授け続けなければならないから、あまり現実的ではないんだけどね」


 私には代わりがいた、のね。

 たとえ祝福の大きさに違いがあったとしても、その事実に変わりはない。

 私じゃなくても水の祭女は出来る、これはそういうことなのだ。


「普通はパトロンが付いた祭女は適当なところで引退するよ。その時期は神殿でどれだけ代わりが育っているか、そしてそのパトロンの貢献度こうけんどで変わってくるけどね」


 お金。だよね、貢献こうけんって。

 そっか。お金で買えちゃうのか。


 突然、ポカンと胸に大きな穴が開いた気がした。

 今まであんなに熱心に信じてきた自分の役割が、代替えの利くものだって分かってしまった今、少し色あせたものに思えてしまう。

 そんな私の様子に眉を潜めた先輩マルテスが、教え諭すように言い添える。


「勘違いするなよ。君が祭女として務めてきた全ての祭祀は間違いなく君の功績だ。君の限りない尽力のおかげで今の豊かなこの国がある。隣国を少しでも見たことのある者なら必ずそれを実感するはずなんだ」


 マルテスの真摯な言葉に、ほんの少し悲しみがなぐさめられた。


「君は君の仕事に誇りをもって続ければいい。僕が必ず最後まで守ってあげるから」


 でもそんなことを言っても貴方には想い人がいる。

 そして先輩にも婚約者が。

 それでも、その人たちより貴方は私を守ると言ってくれてしまう。


 嬉しいけど悲しい。悲しいけど嬉しい。


 そんな思いを込めて、私は精いっぱい虚勢きょせいを張って先輩にほほ笑えみ返した。



 それからしばらく、先輩マルテスは時々私のそばを離れては情報収集を続けていた。その度に先輩がもたらす知らせは決して明るい物ではなかった。


 残念だけど、どうやらジュディスが言っていたことは正しかったみたい。

 マルテスの報告を待つまでもなく、ほどなくして隣国からきたたちの悪い疫病えきびょうが、地方でも流行りだしたと噂されていると侍女たちが教えてくれた。

 隣国で疫病えきびょうが流行っている事実はマルテスも上院に報告が来ていたのを確認したけど、神殿長の父は「祝福の守りのあるこの国に広がるはずがない」とはっきり断言してたそうだ。


 でもそんなことよりも、もっと身近なところで変化が目につき始めた。

 たとえば街を歩く時。

 以前ならば向けられていた尊敬の眼差しにいくつか胡乱な物をみる目が混じっている気がする。以前は気にしていなかったからまるっきり気づいていなかったけれど、今ならはっきりとその変化を感じることが出来た。

 祭祀のお礼に人々から贈られる花は、その返礼にその場で開花して祝福を送るのが慣例なのだけれども。これも以前ならば大抵の人が尊敬と驚きの声で感謝してくれいたのに、最近ではその中に無感動に花をこちらにつき返す人までいた。

 どうして前世では気づかなかったんだろう。

 自分でも自分の無邪気さにイライラしてくる。


「先輩、どうしてこんなに全てが変わっていたのに、なにも言ってくれなかったのですか?」


 我慢しきれず、つい一度、横に控えていた先輩マルテスにそう言ってしまった。

 言われた先輩マルテスは、ただ悲しそうに笑いながら「君が祭祀をするのには邪魔だからね」とだけ言って言葉をにごした。

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