32 状況は思っていた以上にひどいものでした
次の日の転移はそれぞれ自分の用事で忙しく過ごした。マルテスは宣言通りお父様に会いに行ってたし、私は自宅で祭祀の予習とジュディスにお手紙を出していた。
マルテスの不在中、お客様は全てお断りしている。
メルクリ総督もソリス皇太子も贈り物を持って来ていたらしいけど、マルテスの言いつけ通り門前払いさせていただいた。
理由は簡単、
祭女ならではの良い言い訳だ。
にもかかわらず、そういうことに気のまわらないジュディスまでその日のうちに来てしまった。慌てて家人にお願いして裏から入れてもらう。
いつもの応接間に入ると、侍女にお茶を出されたジュディスが居心地悪そうに座ってた。
目にかかる茶色のクリクリの髪を邪魔そうにちょくちょく指で掻きあげながら、チビチビとお茶をってる。おどおどとこちらを見るクリ茶色の目もつぶらで庇護欲をそそるタイプだ。
そんなジュディスも確か私の一つ上だから今十七歳のはずなんだけど。
うっ、それってあの館山先輩の現在年齢と一緒か。
どう見ても私より子供にしか見えない。決して凄い美少年なんてわけじゃないけどとにかく可愛い。ほんとにどうしてあのヒヒ爺からこんな気の弱い良い子が生まれちゃったんだろう。
私がそんなとりとめもないことを考えてると、おずおずと気弱そうにジュディスが話しだした。
「フレイヤが僕を呼び出すなんて珍しいよね。もしかして、僕の父がまた馬鹿なことでもしちゃった?」
「あー、……えーっと、してないとは言えないかも知れない」
いつも自分の父親のことで苦労してるジュディスを苦しめるのは本意じゃないけど、嘘をつく訳にもいかなくてそう答える。
途端ジュディスが頭を掻きむしりながら
「またかよ。もういい加減にして欲しいよ。フレイヤだっていい迷惑だよね、本当にごめんね。なんであの人あんないになっちゃったんだよ」
「それはいいの、いや良くない、良くないけど今はとりあえず置いておいてね」
私のおかしな返事にジュディスが
「私のパトロンとかいうお話はどう考えてもお受けできないし、いつかはちゃんとこちらからお断りするから問題ないのよ。だけどほら、今回の水の祝福の祭祀ではジュディスのお父様に船を出して頂くことになってるでしょ」
私が船のことを言った途端、ジュディスの顔色が変わった。お茶を口に運んでた手がピタリと止まって顔が緊張に強張ってる。
これ、ジュディスなんか知ってる!
直感でそう感じた私は、ジュディスの顔を覗き込んでなるべく優しい声で続けた。
「ジュディスも知ってるでしょ、水の祝福の祭祀は私にとっても一番祝福を多く出さなければならない
私はそう水を向けたんだけど、話を聞くうちにジュディスが小さく震え出す。しばらく無言で
「フレイヤ、あのね、僕が思うに水の祝福の祭祀はいいことがないと思うんだよ」
ジュディスの喋り方はすごく緊張してるし、オドオドと視線も左右に揺れてるし、これ以上ない程様子がおかしいのは確かなんだけど。それでもその様子を見れば、いつもの優しいジュディスが心配を抱え込んで苦しんでるのは明らかだった。
「僕なんかにうちの父をどうにかすることは出来ないし……」
「ジュディス、貴方、なにを知ってるの? お願いだから教えて」
私の
「フレイヤ、僕は君を友達として
「ねえフレイヤ、今年の水の祝福の祭祀はやめにしない? 別に一年くらいやらなくてもきっと大丈夫だよ」
「そんな訳ないのは知ってるでしょ! あなたもこの国の人間なら知ってるはずよ、祭女の祝福がこの国にとってどれほど重要か」
今更説明する必要もないはずのこんなこと、なんでジュディスが言い出すのか分からなくて、少しキツイ口調になってしまう。
私の剣幕に一瞬ひるんだジュディスは、なぜか少し恨みがましい視線で私を見返してきた。
「でもフレイヤ、そんなこと言ったって街では噂になってるよ。祝福はそこまで意味がないんじゃないかって」
「な、なにを言ってるの!?」
思いがけないことを言われて私は飛び上がった。
「……多分君の耳には入らないように皆気を使ってるんだろうね。だけど本当だよ。君の祝福を受けた町と受けなかった町で収穫に違いがないとか、祝福を受けたのに
そ、そんな、なんでそんな馬鹿なこと。
「待って、それは違うわ。だって私たちは収穫に問題のない地域に祝福を
「そんなの……よく分からないよ」
ジュディスが困ったようにそう返事した。
途端私は痛切に理解してしまった。
そうなのか。そう見えちゃうのか。
祝福をしに行く私たちはその先の状況を知ってるし、それを依頼してくる街の地主や領主たちは知ってるはず。だけど普通に街で暮らしてる人たちにはそんな情報は行きつかないのかも。
だからこそ、本当ならば国がそれを支え
「とにかくそうやって街の皆が言ってるから、君の御父上も祭祀を行う費用に困ってるんじゃないの?」
「え? 今なんて言ったの?」
「あ、しまった。これは君には言っちゃいけなかったんだった」
聞き逃せないジュディスの言葉に私が詰め寄ろうとすると、口を両手で抑えたジュディスが天井を見あげた。そのままソワソワと立ち上がり、ペコリと頭を下げる。
「ぼ、僕、急用を思い出したから帰るね。ほんと、祭祀はやらないほうがいいよ、絶対。お願いだから。じゃあね」
早口にそう念を押したジュディスは、まるで逃げ出るようにそのまま部屋を出ていってしまった。
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